著者
毛内 拡
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.71-80, 2021-06-05 (Released:2021-07-05)
参考文献数
18
被引用文献数
1

脳は,神経ネットワークの集合体と解釈されており,神経生理学の主な研究対象は,神経ネットワークにおけるシナプスを介した相互作用である.しかし,血管やグリア細胞など,脳のニューロン意外の構成要素が,脳内の物の流れ(ロジスティクス)に不可欠な役割を果たしている.さらに,脳の細胞外スペースは,細胞外環境の恒常性と代謝老廃物のクリアランスに重要な役割を果たす脳リンパ流の主要な経路であり,神経修飾物質の拡散性伝達や神経細胞が生成する電場の媒質としての役割を担っている.脳の高次機能を理解するためには,神経ネットワークとそれ以外の構成要素との間の「非シナプス性相互作用」を含む,脳内の包括的なコミュニケーション方式を理解する必要がある.本稿では,細胞外スペースとそれを満たす細胞間質液が提供する脳の「アナログ伝達機構」に焦点を当て,生きた脳組織の神経生理学・生物物理学のための神経科学の新たな展開を紹介する.
著者
毛内 拡
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.8, pp.492-497, 2021-08-05 (Released:2021-08-05)
参考文献数
19

脳が生きているとはどういうことか? 脳細胞を漫然と集めても脳にはならない.一方,最近,試験管の中で幹細胞から作られたミニ脳が,統合的な脳活動を意味する脳波を発生したそうだ.その脳は果たして,ものを考えたり,喜怒哀楽を感じたりするようになるだろうか.神経細胞(ニューロン)は,神経インパルスとよばれる電気的活動を行い,ニューロン同士の接合部であるシナプスを介して神経回路を形成している.シナプスを介した一対一の精緻で迅速な信号伝達は,ニューロンが神経インパルスを発生した/発生しないのように二値のデジタル信号として解析される.例えば,ラスタープロットとよばれる作図法は,個々のニューロンの神経インパルスの発生を,短い時間窓で判定し,バーコードのように並べることで,ニューロン同士の活動の同期・非同期を可視化する方法であり,神経科学の論文では多用されている.さらに,現在,注目を集めている人工知能や深層学習を支えるニューラルネットワークも,神経回路をデジタル的にモデル化することで,パターン認識や機械学習などの分野において大きな成果を上げている.これまで,ニューロンのシナプス伝達を介した“デジタル的”な相互作用によって,感覚情報や意識や知覚などの高次機能を説明しようとする試みがなされてきた.一方で,ニューロンのデジタル回路の理解だけでは説明のつかない現象も数多く報告されている.脳を理解するためには,ニューロンの電気的活動の二値的な理解だけでは不十分である.ニューロンの局所的で速い信号伝達が,感覚や運動などの一次的な情報処理を担うことは間違いない.一方で,脳の中には,広範囲でゆっくりとした調節的な伝達様式も存在していることがわかってきている.筆者は,従来の二値的な解釈だけでは理解できない脳の多様な伝達様式を「アナログ的な伝達」とよんでいる.この点で脳とコンピュータは本質的に異なるのである.例えば,脳には神経回路ネットワークのほかにも血管網やグリア細胞が存在しており,栄養や脳内物質の補給や物流の支援と管理(ロジスティクス)を担っている.また,脳細胞の隙間である細胞外空間は,単なる隙間ではなく,細胞外環境を一定に保ち,老廃物の排泄のための通り道となっている.さらに液性因子の拡散や,細胞外電場を介した近接作用の「場」として重要な役割を果たしている.意識や知覚,知性などの脳の高次機能を理解するためには,これらのシナプスを介さないアナログ的な伝達を理解する必要があると私は考えている.筆者の考える知性は,「答えがないことに答えを出そうとする営み」で,例えば,創造やいわゆる“人間らしさ”などが挙げられる.一方,知能は,「答えがあることに答えを出す能力」で,例えば,将棋の局面において最適な一手を導き出す高度な計算能力などが挙げられる.これらは,区別して考える必要があるのではないか.人工知能は,計算が速く,人間の知能を凌駕しているが,残念ながら知性とは程遠い.知性の謎を解き明かす鍵は,ニューロン以外の脳の要素にあるのではないだろうか.
著者
毛内 拡 塚田 稔
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.112-118, 2022-09-05 (Released:2022-10-05)
参考文献数
13

本稿では,2021年に神経回路学会の名誉会員にご就任され,2022年の日本神経回路学会学術賞を受賞された塚田稔先生の業績を,「神経科学とアートの理解」という観点から紹介する.塚田先生は,玉川大学名誉教授で,日本神経回路学会の設立にもご尽力された.研究では,Hebb則と双璧をなす,脳で行われている学習の基礎原理である時空間学習則に関する多くの研究を,理論と実験の両側面から主導してきた.また,現役の画家でもあり,数多くの賞に入選し,大学や研究所,ホテル,個人などに多くの作品が収められている.アートを生み出し,理解する脳のしくみについても示唆に富んだ提案をされており,代表的な著書に「芸術脳の科学~脳の可塑性と創造性のダイナミズム~」(講談社ブルーバックス,2015)がある.この度著者(毛内)は,大変幸運なことに,塚田先生のご自宅のアトリエに伺い,直接インタビューを行う機会をいただいた.本稿は,そのインタビューの一部を解説記事としてまとめたものである.絵画を見ているときに脳のどこが働いているのか,神経科学的に考えてから見て絵画がわかるとはどういうことなのかを,「塚田の脳の自己組織化と芸術」の観点からご解説いただき,今後の展開についてもご紹介いただく.

2 0 0 0 OA 編集後記

著者
毛内 拡
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.114, 2021-06-05 (Released:2021-07-05)