- 著者
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岩下 拓哉
江上 毅
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.73, no.12, pp.832-841, 2018-12-05 (Released:2019-06-24)
- 参考文献数
- 25
- 被引用文献数
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液体やガラスは,我々の生活にとって必要不可欠なものであるが,実はその正体は未だに謎に包まれている.ガラスは液体を急冷することで作成することができるが,その過程で粘度のような流動特性が15桁以上もの急激な増加を示し,この現象はガラス転移と呼ばれる物性物理学の未解決問題として知られている.どのように液体内部で原子・分子が運動しているのか? 液体の運動論構築もまた,統計物理学の重要な課題である.しかしながら,液体の構造とダイナミクスの関係性は未だに謎に包まれたままである.事実,単純な液体の流動特性を予測する統計力学的処方箋さえ発見されていない.このように,液体やガラスの物理は未解明な部分が多く残されており,理論的および実験的研究が精力的になされている.液体やガラスに共通する基本的な特徴のひとつは,結晶のように原子・分子が規則正しく配列している周期構造ではなく,原子配列が長距離秩序のない乱れた構造状態にあるということである.しかも,液体は気体と違って凝固体であり原子の運動や構造は強い相互関係をもっている.液体やガラスの構造はまったく無秩序ではないわけである.さて,我々はどれほど乱れた構造状態についての理解があるのだろうか? X線や中性子散乱などで得られる構造関数を思い浮かべる読者も多いかもしれない.または,丸い球が乱雑に詰め込まれた状態を想像するかもしれない.驚くべきことに,乱れた無秩序な構造がもつ基本的性質を統一するような深い議論はあまりなされていない.無秩序な構造状態がどのような経路を経て異なる構造状態へ遷移するのか? その遷移過程の素過程の基本的性質について,最近の我々の研究成果に基づいて解説する.取り扱うのは,冷却過程のガラス転移現象と高温液体の2つの問題であり,それぞれ異なるアプローチにより無秩序な状態間遷移の素過程を明らかにした.無秩序な構造の素励起に関する新しい物理を構築することは,液体やガラス,およびガラス転移現象の解明に直結すると期待している.近年,計算機能力の向上により,無秩序な構造状態の素励起に関する計算データを大量に取得できるようになっている.液体やガラスの複雑な状態を記述するために高次元のポテンシャルエネルギーランドスケープ描像という概念が提案されているが,我々は計算機を用いてその概念と状態間遷移の素過程との関連性を明らかにした.第一の問題では,分子動力学シミュレーションにより作成されたガラス構造に対してその活性化状態を探索・サンプリングする計算手法を適用し,ポテンシャルエネルギーランドスケープ上の状態間遷移の素過程の性質を網羅的に調べた.そのデータに基づいて構築した現象論モデルが,液体からガラス化の冷却過程を定量的に記述できることを示した.第二の問題では,高温液体の運動に潜む素過程を明らかにするために,隣接原子の数である配位数に着目した.液体の運動を配位数空間上での不連続な状態遷移の集合とみなし,局所構造変化と状態間遷移の関係性を明らかにした.さらに,我々の提案する液体運動の素過程が,液体の物性である粘度と密接に関連づいている明確な証拠を見出した.