著者
神田 久生 渡邊 賢司 In Chung Jung
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨
巻号頁・発行日
vol.24, pp.6, 2002

3年前、ブラウンの天然ダイヤモンドを高圧下で熱処理することによって淡色化や緑色化させ、宝石としてのカラーグレードを向上させることが話題になった。このブラウンの着色は、結晶成長後、何らかの外圧で結晶がひずみ、そのとき生じた欠陥(カラーセンター)による着色であるといわれている。そして、そのカラーセンターは、熱処理により消失する不安定なものである。また、天然のピンクダイヤモンドも歪みが関係しているといわれている。このようなことから、結晶の色を考える場合、歪みも一つの考慮すべき評価要素といえよう。歪みに関しては、気相合成のダイヤモンド薄膜の研究においても良質の結晶の作製という観点から興味ある課題であり、薄膜内部の歪みの評価の研究も多い。今回は、カソード·ルミネッセンス(電子線照射によって発生する蛍光)測定において、歪みに関係する情報が得られたので、それを報告する。熱処理によって色が変化するブラウン結晶には、491nmの発光ピークがみられ、熱処理すると消失する。このピークはIaB型結晶を塑性変形することでも発生することが知られている。したがって、このピークは歪みと関係することが予想されるが、まだその欠陥構造など詳細は明らかでない。今回、ブラウン結晶内での491nmピークの分布を調べた。用いた試料は約2mmの八面体結晶で、これを(110)面に平行に研磨し、その断面についてカソード·ルミネッセンス測定を行った。測定にはトプコン製走査型電子顕微鏡にローパー製分光装置を接続したものを用いた。試料は、液体窒素で冷却して測定した。得られたデータは、発光の面内分布を示す発光像と、特定の位置での発光スペクトルである。今回は、とくにマッピング(試料上を直線に沿って数ミクロンおきにスペクトルを測定すること)で発光分布を調べた。カソード·ルミネッセンス像では、木の年輪のような成長縞の他に、それを横切る直線状の筋が何本もみられた。この分布からみて、この筋は、結晶が成長後、外圧を受けて生じた結晶歪みに関係し、結晶格子がずれたスリップラインといえる。この筋は500nm、400nmでの発光像においてみられたが、250nmではみられなかった。250nmでの発光像には成長縞のみがあり、これはN9とよばれる発光の分布を示していると思われる。発光像の観察ではシャープな発光ピークの分布は明瞭には観察されないので、マッピング測定により発光ピークの分布を調べた。ブラウン結晶の熱処理の実験においてN3, H3, 491nmという種類の発光に顕著な変化があることが知られているので、これらに注目してマッピング測定を行った。マッピングデータによると、スリップラインのところではN3, H3は強くなっていたが、491nmピークには変化はなかった。491nmピークは塑性変形で生じるといわれているので、スリップラインで強くなることを期待していたが、スリップライン内外で強度は一定であった。また、スペクトルを高分解能で測定すると、H3ピークに分裂と波長のシフトが認められた。この分裂やシフトは結晶の歪みによるものであるが、このピーク分裂やシフトはスリップライン上で大きくなるという傾向は認められなかった。以上のことから、この結晶に存在する歪みは、スリップラインだけにあるのではなく、全体的にも歪んでいるといえる。