- 著者
-
瀬戸 直彦
- 出版者
- 早稲田大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2004
本研究課題は,2005年9月に開催されるボルドー大学での「第8回国際オック語オック文学研究集会」(AEIO)で行なう発表に向けて,「写本テクスト学」の実践として,テクスト設定に問題をはらむトルバドゥールの1作品の研究を,収集したマイクロフィルムをもとに試みるものであった。具体的には,ラインバウト・ダウレンガの,Non chantで始まる作品について,とくにその27行目にひそむ問題をテクスト校訂の立場から,各写本の読みを検討し,従来提出されることのなかった私なりの読みを行なったのである。いくつかの写本によればla amorと,母音接続(イアチュス)を容認せざるをえなかった部分を,あらたにトルヴェールのコーパスをも含めた他の作品のコンテクストを徹底的に探索することによって,cel amor que…という読みを導き出したのであった。この内容を実際にボルドー大学において発表したところ,これを傍聴していたローマ大学のエンリコ・ジメイ氏より,同氏の母音接続にかんする詳細な研究の一端を知ることができた。それによると,私の例では,定冠詞laと,アクセントのない母音a-morとの母音接続であったが,この場合は,やはりイアチュスを認めるには不自然であり,写本伝承の過程でテクストが変質したものと考えることができる。ジメイ氏の調査はある程度は徹底的なものではあるが,コーパスとしてデ・リケールのアンソロジーを用いているために,各写本の読みの違いは考慮されていない。私のいう「写本テクスト学」の必要性をあらためて痛感している。この立場から,ラインバウトの同作品におけるセニャル(仮の名)の研究を,トルヴェールのクレテイアン・ド・トロワの一作品と比較し,写本間におけるテクストの異動の重要性に着目した(大学院研究紀要における日本語論文)。また,ラインバウト・ダウレンガの作品とは別に,ペイレ・カルデナルの「寓話」一篇のあたらしいテクストと解釈を提示してみた(リケッツ教授献呈記念論文集)。ここでは,従来検討されてこなかった,アルスナル写本の読みをも考慮したテクスト設定を試みた。