著者
田中 俊徳
出版者
日本環境学会
雑誌
人間と環境 (ISSN:0286438X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.3-13, 2009

1972年のユネスコ本会議において採択された世界遺産条約は,2008年10月現在,185の条約加盟国と878ヵ所の世界遺産地域を有し,その規模と知名度,人気から成功している条約と目されることも多い。しかし,1993年に発表されたイコモスの調査報告において,世界遺産は文化遺産に大きく偏り,地域別に見ても,ヨーロッパ・北米に著しく偏っていることが指摘された。また,遺産の内容も,とりわけキリスト教に関する宗教遺跡や世界的に有名な「エリート」遺産に偏っているとされた。このような世界遺産の偏りを是正するために,1994年の世界遺産委員会において「グローバル・ストラテジー(Global Strategy for a Balanced, Representative, and Credible World Heritage List)」の採用が決定した。これは,「バランスがとれ,代表的かつ信頼できる世界遺産リスト」を達成するために,地域間の世界遺産数のバランスや文化遺産と自然遺産のバランスを考慮し,世界遺産概念の多様化を狙ったものである。以降,世界遺産委員会と世界遺産条約事務局であるユネスコ本部世界遺産センターでは,このグローバル・ストラテジーを基本方針として,条約運営を実施することになった。グローバル・ストラテジーの採用から15年,この基本方針の運用はどのようになされたのか,文献調査と筆者の実務経験から検証した。結果として世界遺産概念の多様化は達成されたが,地域間における格差は拡大傾向であることが分かった。また,文化遺産と自然遺産の格差も拡大傾向であった。その理由として,世界遺産新規推薦件数の増加による審査の厳格化が挙げられる。審査の厳格化は,世界遺産登録に関してノウハウや研究蓄積があり,そのための予算も多いヨーロッパなどの先進国に有利な傾向となり,途上国には一層困難なものとなりつつある。このような矛盾を抱えつつも,世界遺産委員会や世界遺産センターではグローバル・ストラテジーに則した政策運営の努力がなされている。