著者
田中 真樹
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.337-362, 2010

本論はソビエト後のキューバ,とくに観光経済におけるキューバらしさ,あるいはキューバの特徴にかかわる空間的想像を考察する。観光地における住民の日々の経験は差異との遭遇に満ちており,そのなかで「キューバ人」のカテゴリーは「非キューバ人」との対照において明らかにされる。島を訪れる移動可能な観光客を目の当たりにし,キューバ人であることは移動不可能性であると認識され,キューバらしさの空間的想像を形作る。一方,社会主義と米国の通商禁止がもたらすキューバらしさの移動不可能性は『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の語りに表彰されるように,独自性と純粋さを発見できる素朴な島を想像させる。1990年代末以降,キューバの「伝統」音楽が国際的な商品として人気を博し,卓越した芸術性がキューバ人の特徴とされ,逆説的に多様なレベルのキューバ人ミュージシャンの移動可能性,すなわち海外興行へと導く結果となった。このキューバらしさの移動可能性は,今日のキューバの政治経済において社会主義と資本主義が絡んだ特殊な状況を例証している。