著者
小菅 桂子 付 発鼎 田村 道夫
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類・地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.61-67, 1989-07-30

Kingdoniaは二叉分岐する脈理と偶数の葉跡がひとつの葉隙よりでることにより注目され,多くの形態学的研究がなされてきた。この特徴はCircaeasterにも認められ,DIELS(1932)はこれら両属の類縁を強調した。それ以来,KingdoniaとCircaeasterはしばしば同じ群に分類され,JANCHEN(1949),BUCHHEIM(1964)やTHORNE(1974)によりキンポウゲ科に,CRONQUIST(1968)やTHORNE(1983)によりキルカエアステル科に分類された。一方,HUTCHINSON(1959),TAMURA(1963)やTAHKTAJAN(1980)は両属の類縁関係を認めず,Kingdoniaはキンポウゲ科に,Circaeasterはキルカエアステル科に分類した。また, AIRY SHAW(1965)やDAHLGREN(1975)はKingdoniaを単型科,キングドニア科としてキンポウゲ科より区別した。このようにKingdoniaの分類学的な位置はまだ必ずしも明確に決定されてはいない。今回,中国:四川省:九塞溝および黄竜で採集した試料について主に花の形態を観察し,それをもとにこの属の分類学的位置を考察した。Kingdoniaではイチリンソウ属などと同様に,心皮はコップ状に発達し,1個の胚珠は心皮壁の向軸側上縁の中央部につく。開花時,心皮縁は完全に閉じておらず,維管束,特に腹束上部は,まだ道管が未分化な状態である。心皮跡は1本で背腹に2分し,腹束はさらに3つに分かれ,中分束は胚珠に,両側の2本の分束は心皮縁に沿って上部に伸びて行く。このような維管束走行はイチリンソウ属やセンニンソウ属などにふつう見られる。この時期,葯はすでに烈開しているが,胚珠はまだ胚襄形成の2細胞期にある。珠皮は1枚で珠心の半分までにしか達しておらず,極端な雄性先熟である。胚珠の向きについてDIELS(1932)やFOSTER(1961)は直生,MU(1983)は倒生,HUら(1985)は横生と報告している。今回の観察では,胚珠は珠柄にたいし約90度に曲がって位置しており,半倒生と思われる。一方,Circaeasterでは2個の直生胚珠が側壁につき,そのうち1個は退化し,中点受精を行ない,胚乳形成は造膜型(JUNELL 1931),葯は2室など,多くの重要な点でKingdoniaやキンポウゲ科とは異なり,類縁は認めにくい。FOSTER(1961)はKingdoniaの二叉分岐する脈理,がくの二重管束,3孔性の花粉などはキンポウゲ科では見られないなどの理由により,この科に含めることはできないと考えた。しかし,今回の観察では,がくの二重管束は認められず,花粉はキンポウゲ科によく見られる3溝性であった。Kingdoniaにみられる偶数の葉隙はオオレン属に,半倒生の胚珠はキンポウゲ属に見られ,また,花弁は多くのキンポウゲ科のと同様に蜜を分泌することにより,Kingdoniaをこの科に分類することは妥当であろう。JANCHEN(1949),TAMURA(1963)やBUCHHEIM(1964)は,Kingdoniaをイチリンソウ属に近縁と考え,キンポウゲ亜科:イチリンソウ連:キングドニア亜連に分類した。また,CHANG(1985)はKingdoniaと染色体が小型で基本数が9であり,葉柄に二重管束を持つキンポウゲ科のオオレン属との類縁を考え,カラマツソウ亜科のなかに単型連,Kingdonieaeをたてた。Kingdoniaとイチリンソウ属の心皮は,発生過程,維管束走行,胚珠のつく位置などにおいてよく似ており,さらに珠皮が1枚で花粉が3溝性であることも両者に共通している。また,先端がこぶ状に膨らんだ花弁はイチリンソウ属に近縁なオキナグサ属の花弁と似ている。一方,オオレン属はKingdoniaとは異なり,果実は袋果,珠皮は2枚,花粉は散孔性である。Kingdoniaはイチリンソウ属などと細胞学的特徴においては異なるものの,形態的特徴には多く共通点が認められる。従って,Kingdoniaをイチリンソウ連に分類することが妥当と考える。
著者
田村 道夫
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.73-79, 1962

中尾佐助博士がブ-タンで採集された標本のうちキンポウゲ科のものを同定したが,新種が3つと,新しく独立種とみなしたものが1つある.トリカブト属の新種 Aconitum Nakaoi は花の美しい植物で,欧亜大陸に広く分布する.A. napellus の群に入る.A. patulum は長円錐状の典型的な無限花序をもち,この属ではかなり特異なものと思われる.中井博士はこの属に無限花序をもつ亜属 Subgen. Napellus と有限花序をもつ亜属 Subgen. Cammarum をみとめ,ミヤマトリカブト A. nipponicum やタカネトリカブト A. senanense の花序は無限であるとして前の亜属に分類した.しかし,これらの種では花が上から咲くか下から咲くかは厳密に一定せず,たとえ下から咲いても頂花はある. A. napellus でも頂花はある.Anemone bhutanica は大へん特異なもので,どの亜属に入るのかも明ではない.イチリンソウ属には,イチリンソウ A. nikoensis やユキワリイチゲ A. Keiskeana の群のように,1軸性,すなわち,根茎の先端が地上に現れて頂花で終るばあいと,ハクサンイチゲの群のように,2軸性,すなわち,根茎は無限に伸長し,花茎は根葉腋より生じるばあいとがあり,この属の分類上,もつとも重要な性質である.この新種は,根茎は道立し,根出葉とともに1〜3の花茎を叢生する.この点で,おそらくこの植物は2軸性であろうと思われる.花茎は2つのはなれた茎葉をもち,下部の茎葉腋にしばしば新苗を生じる.Clematis tongulensis は C. montana の変種とされていたものを独立種とみなしたものである.C. montana では,ハンシヨウズル C. japonica などと同様に,花は葉とともに前年の葉腋に叢生し,花後に新苗は伸長するが,C. tongluensis では,花は伸長した新苗の下部葉腋に単生する.これは前のばあいの新苗茎部の節間が伸長したもので,シロバナハンシヨウズル C. Williamsii でもふつうにみられる.
著者
田村 道夫
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類・地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.177-187, 1991-12

キンポウゲ亜科は痩果をつくり,染色体は長く,クリスマスローズ亜科より進化したと考えられる。フクジュソウ連では胚珠は心皮の両側の縁より生じ,対向帯中央より生じるほかの連とは異なっている。イチリンソウ連は普通花弁をもたないが,Kingdonia,Naravelia,ボタンヅル属(ミヤマハンショウヅル節),オキナグサ属のいくつかの節には花弁がある。キンポウゲ科の花弁は雄蕋の変化したもので,とくにオキナグサ属のものは小さい棍棒状の蜜分泌器官である。イチリンソウ属は世界中に分布し,南半球にもSubgen. Rigida, Subgen. Hepaticifolia, Sect. Crassifolia, Sect. Pulsatilloides, Sect. Archimillifoliaなど分布範囲の狭い固有分類群がある一方,綿毛に被われた小さな痩果をもつアネモネ亜属に属する種などは南米に新しく分布していったものと思われる。キンポウゲ連では,普通花弁が発達するが,モミジカラマツ属は花弁をもたず原始的とみなされる。キンポウゲ属は約600種をもち,本科でもっとも大きく世界中に分布する。イチリンソウ属と同じくSect. Pseudadonisのような南半球の固有分類群がある一方,Sect. Micranthusのように新しく南半球に広がったと思われるものもある。
著者
田村 道夫
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類・地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.127-131, 2001-04-02

はじめてこの植物について記したH.Eichlerは、Revision d. Ranunculaceen Malesiens(1958):53において、「Naraveliaのまだ記載されていない種がタイにある。この植物、Kerr 2903(BM,K)は茎の特徴や葉質ではN. siamensisに近く、葉は2回羽状複葉で、羽片は3小葉よりなり(全体で12小葉)、巻きひげがある。痩果は明るい褐色で、種子のあるよじれた部分は無毛である。CraibはFI. Siam. Enum. 1(1925):18において、この標本をN. siamensisとして引用している。さらにこの属の入念な研究が望まれる」と述べている。Kerr 2903は、大英博物館、キュウ王立植物園のほか、エジンバラ王立植物園にも保管されている。Naraveliaの花にはさじ状または棒状の花弁があり、葉の最下の小葉は全縁、先の3小葉は巻きひげに変化している。Kerr 2903は果実の標本で、痩果はNaraveliaと酷似しており,私もこの植物をNaraveliaと考え、N. eichleri Tamuraとして記載した(Tamura,1986)。その後、1995年11月末、当時、Huay Kaew樹木園にいたRachan Poomaより、変わったボタンヅル属の植物がQueen Sirikit植物園にあるので見にこないかとの連絡を受けたが都合がつかず、,翌1996年2月中旬に行った。その時、Huay Kaew樹木園にはR. Poomaと交替してPrasit Sa-adarwutがいたが、Queen Sirikit植物園のSawat Chantabunらの協力により、その時すでに果実になっていた植物を採ることができた(この時の標本Pooma 1926は私の採集品である)。その場所は、同植物園内600〜700mのMae Rim渓谷である。その果実は全くKerr 2903と同じであるが、葉には巻きひげはなかった。同年11月下旬、Chamlong Phengklai博士、P. Sa-adarwut、S. Chantabunらと行って花を探った。しかし、以前あった場所とは数10メートルも離れたところで、同じ場所ではなかった。花には花弁はなかった。1997年11月初旬にも、P. Sa-adarwut、S. Chantabunらと行って花を確認したが、その時もかなり離れた別の場所で見つけた。Clematisの分類には芽生えにおける葉序変化が重要な特徴となるので、痩果を探ろうとし、その年の11月上旬、翌1998年の1月下旬、さらに1999年1月下旬にも探したが見つからなかった。この植物の葉には巻きひげがなく、花には花弁のないことが分かったが、果実の状態はNaraveliaそっくりで、この植物こそKerr 2903に違いないと確信した。Kerr 2903の葉は大形で、3枚のタイプ標本を見ても巻きひげは見当たらない。Eichlerが巻きひげと思ったのは、多分、小葉柄、葉柄、細い枝などを見間違えたものと思う。また、Naraveliaの主葉脈は,葉の基部より少し上で分かれるが、この植物はボタンヅル属の多くの種と同様、葉の基部で分かれる。そこで、1997年秋、この植物をボタンヅル属に組み替えてClematis eichleri (Tamura) Tamuraとした(Tamura,1997)。このように、Queen Sirikit植物園の植物がなくなったので、ほかに産地はないかと調べてみると、Chiangmai大学の森林回復研究所(The Forest Restoration Research Unit)のJ.F.Maxwellが他の2ヵ所、すなわちDoi SutepのRu-See渓谷と、Doi Kunn国立公園のPah Droop滝で採集していることが分った。後者はかなり難しい所だというので、1999年11月30日、前者へ連れていってもらった。ところが、以前あった場所には無くなってしまっていて、新しい所で見つけた。先の場所と同じ渓流沿いの常緑広葉樹林のなかで、つるは高さ5m以上あり、太さは約1cmくらい、花は高い所に咲いていた。そして、2000年2月29日、やっとのことで果実を採集した。その時、葉はほとんど枯れてしまっていたが、ひょっとして株全体が枯死したのではないかと思った。しかし、ボタンヅル属には落葉性のものも多いので、さらに、同年6月28日、再びそこを訪れ、個体全体が枯死していることを確認した。一回結実性という性質はボタンヅル属では聞いたことがない。熱帯-亜熱帯広葉樹林において、このような性質がどのような役に立つのか分からない。しかし、これでこの植物が毎年花の場所を代えていた理由は分かった。その時採集した果実はChiangmai大学の森林回復研究所の苗園に播種し、現在、高さ40cmくらいに育っている。ボタンヅル属の芽生えには、始めのうち葉が互生するものと、始めから対生するものとがある。この植物の初期案序は互生しており、第5、または、第7葉あたりより節間が伸長し、葉は対生する。しかし、2枚の対生する葉の展開には大変差があり、少なくとも第15葉節あたりまでは、出来上がりは等しくても、1枚は完全に展開しているが、もう1枚はまだ小さいままである。次にこの種(Fig.1)の簡単な記載を示す。植物は蔓性で、大きくなれば高さ5mを越え、茎には縦に20以上の条がある。1回結実性、多分半落葉性。葉は草質で乾燥すれば黄褐色、30-50cm、そのうち葉柄は約10cm、羽状複葉で5-7個の羽片をもち、最下の羽片は3出、有柄、最上の
著者
田村 道夫
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類・地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.106-110, 1986-12-25
被引用文献数
1

Naraveliaはキンポウゲ科のなかで分布域が熱帯に限られている雄一の属である。インド南部よりインドシナを通って中国西南部に、また、マレーシアを通ってモルッカ諸島にまで分布しており、7属が知られる。この属はセンニンソウ属Clematisにごく近いが、細長い花弁があることと、巻きひげがあることで区別されている。この属の花弁は細長く、がく片よりも長くて先が膨らみ、大ていは棍棒状かスプーン状である。センニンソウ属でも、ミヤマハンショウズル節Clematis sect. Atrageneは花弁をもつが、この節の花弁は巾が広くてへら状となり、雄蕊との間に移行型がある。Linne(1753)は花弁をもつことを重視して、Naraveliaをミヤマハンショウズルの仲間とともにAtragene属に分類している。しかし、両軍の花弁は大へん異なっており、独立に起源したものと考えられる。この属の雄蕊では、葯隔が突出したり、また、巾が広くなって葯が内出することが多く、著しい場合には、木本性多心皮類にみられる葉状雄蕊のようになる。そのような著しいものはないが、センニンソウ属でも花糸が広がり、葯が多少とも内向することはごく普通にみられるし、また、葯隔の突出するものも少なくない。葯隔がかなり著しく突出するものには、東南アジアに分布するヤエヤマセンニンソウ節Clematis sect. Naraveliopsis やオセアニアに分布するC. subsect. Aristatae などがある。これらの分布範囲はNaraveliaと重なるか、隣接して、何らかの系統的関係が示されているのかもしれない。Naraveliaの葉はふつう1対の小葉をもち、葉の軸はその先で3分し、3本の巻きひげとなる。したがって、この巻きひげは、頂小葉および上部の1対の小葉の変形したものと見なされる。Naraveliaにおける諸形質の変わり方はセンニンソウ属によく似ており、例えば、センニンソウ属と同様に、茎に12本の太い維管束があって12条の稜が目立つもの(N. dasyoneura, N. siamensis, N. pilulifera)を多くの条があって断面をほぼ円いものに分けることができ、また、腋生する花序の花の数(N. dasyoneura, N. paucifloraでは花数が少ない)も種を区別する重要な特徴になる。さらに、N. dasyoneuraの痩果の花柱は、Clematis brachyuraやC. cadmiaのように短くて羽毛状に伸長しない。このようにVaraveliaをセンニンソウ属と区別する特徴は、花弁のように、センニンソウ属にも見られるもの、または巻きひげのようにセンニンソク属にあるものの変形にすぎず、また、形質の変化のしかたもよく似ており、Naraveliaはセンニンソウ層内の特殊化した一群とみなす方がよいかもしれない。POIRET(1811),O.KUNTZE(1885)らはこれをセンニンソウ属に含めているし、PRANTL(1887, 1888)はそのなかの一節Clematis sect. Naraveliaとして扱っている。しかし、便宜上のことではあろうが、近年は独立属として扱われることが多い。Hj. EICHLER(1958)は'Revision der Rannnculaceen Malesiens'のなかでタイのBan Pong Yengで採集されたNaraveliaの標本、Kerr2903に言及している。この植物は葉は2回羽状で3出すると羽片と巻きひげをもち、痩果の種子は入っていてよじれている部分は無毛またはほとんど無毛であり、茎と葉質の特徴はN. siamensisに似ている未記載の種であるという。筆者はタイ植物誌のためにキンポウゲ科をまとめた際、各地の標本庫や野外でこの植物を探し求めたが、同じ植物から採集された3枚のKerr2903以外見つけることはできなかった。これら3枚の標本はキュウ王立植物園、エジンバラ王立植物園、大英博物館に保存されている。他のすべての種では、羽片は、単一、時に2裂し、痩果は細毛に被れており、(ただし、巻きひげについては、葉がこわれていて確認できなかった)、一見して区別できるので、乏しい資料ながら新種N. eichleriとして発表する。