著者
田端 英雄 柴坂 三根夫 藤田 昇 田中 歩
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1993

ミズゴケ湿原の水質とミズゴケの消長の関係を調べるために、京都市深泥池浮島高層湿原に生育するハリミズゴケとオオミズゴケの成長実験をpH緩衝液と深泥池の水とで行った。緩衝液で培養すると両種ともに水のpHが5.9を越えると枯死した。カルシウムイオンは従来言われているようなpHの中性化と相乗したミズゴケ類への阻害作用はなく、逆にpH上昇による枯死作用を緩和した。pHの上昇以外にリン酸イオンがミズゴケに有害であった。深泥池集水域っからの降水時の様々な流入水で培養した場合はpHが6前後でも電気伝導度が50(μS/cm,25C)より小さいとミズゴケは健全に生育し、大きいと枯死した。ミズゴケ自体は周りの水を酸性にする働きをもっているので、同じpH6の水でも電気伝導度が大きくて緩衝能が高い水だと枯死し、電気伝導度が小さくて緩衝能が低い水だと生育が可能になる。ただ水質の安定した静水と違って流入水の場合は採水後に可溶化してイオンになる物質が多く含まれており、流入後に電気伝導度とpHが高くなることに注意する必要がある。都市域にある深泥池でも降水はもちろん降水が二次林林床からの地表水やチャート基岩からの湧水として集水域の低山から流入する水はpHが5台で、電気伝導度が30より小さく、ミズゴケの生育に十分な水質であった。一方、開発された集水域や自動車道路からの流入水はpHが6以上、電気伝導度が50以上でミズゴケを枯死させる水質であった。以上のことから、ミズゴケ湿原は直接の降水および自然度の高い集水域からの降水によって涵養されている限り健全に発達するが、火開発された集水域からの汚染水や地下水、河川水などpHと電気伝導度が高い富栄養化した水が集水域から流入すると衰退し、消滅していくことが明らかになった。
著者
田端 英雄
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類・地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.125-134, 1992-12-30

Betula nikoensis Koidz.マカンバは, Betula ermanii Cham.var.japonica(Shirai)Koidz.ナガバノダケカンバとして扱われることが多いが, Betula ermaniiダケカンバとは形態的に明確に区別できるばかりでなく, 生態的にも明確な違いがあるので, 別種として取り扱うのが適当であると考え, 私はB.nikoensisを採用してきた(Tabata, 1964,1976)。しかし, 大陸にあるBetula costata Trautv.とよく似ているので, 分類学的検討をする必要があると長年考えていたが, 生育環境や生育状況の観察ができなかったので検討できなかった。1988年に, 韓国でBetula costataを採集し, その生育場所を観察する機会を得たので, Betula nikoensis, B.costata, B.ermanii 3種の比較検討を行なった。ここでは, 従来B.nikoensis Koidz.とされてきた植物を, 仮に'makamba'として議論をすすめる。約0.5cmの枝をSchultze法でマセレーションし, 道管の穿孔板のバーの数の比較を行なった。外部形態は, 葉身の長さと幅, 側脈の数 を測定し, おもに SAS(1985)でANOVA, CANDISC, DISCRIMなどの統計処理を行なって, 比較検討した。道管の穿孔板(perforation plate)のバーの数(図1), 側脈の数(図2)に関しては, 'makamba' と B.costataは分布の形がよく一致した。葉の縦/横比から見ると, 'makamba'とB.costataがそれぞれ1.75±0.17(n=164), 1.85±0.19(n=168)で, 1.38±0.16(n=115)のB.ermaniiと比べると葉が細長い。側脈の数では, 'makamba'とB.costataは有意差なしで, この両者とB.ermaniiは, 有意に異なる(表1)。葉の長さと幅の関係に関しても, 'makamba'とB.costataは分布が重なり, B.ermaniiとは異なった分布を示すだけでなく, SAS の GLMによる回帰直線の傾きの検定でも, 'makamba'とB.costataとでは有意差がなく(p>0.05), これら2種と B.ermaniiとは有意に異なっていた(p<0.001)(図3)。葉の3つの形質(側脈の数, 葉身の幅と長さ)を用いて, SAS の candiscriminant分析と discriminant分析を行なった。candiscriminant分析の結果は, 表2と図4に示すように, 'makamba'とB.costataとはよく似ており, これら2種とB.ermaniiとの識別に葉の幅の寄与が大きいことが示された。discriminant分析の結果, B.ermaniiの葉は, 約95%の葉がB.ermaniiと正しく分類され, 'makamba'やB.costataに分類されるのは極くわずかであるのにたいして, B.costataの葉はB.ermaniiに分類されるのほとんどないが, 約35%の葉が'makamba'に分類され, 'makamba'の葉は約28%がB.costataに分類された(表3)。このことは, 'makamba'とB.costataを区別することが難しいことを示している。果鱗の形態は, 'makamba'と B.costataでは, 中央の鱗片が長く側鱗片の約2倍ある。B.ermaniiでは, 中央の鱗片が側鱗片より長く, 側鱗片は形が変異にとむ(図5)。果実の翼の幅は, B.ermaniiでは果実の幅の約半分で, 'makamba'とB.costataでは, 果実の幅と同じか果実の幅より狭い。生態的にも, B.ermaniiと違って, 'makamba'とB.costataは, 川沿いや谷沿いの水分条件の良いところに見られる(図6)。Komarov(1904)は, 満州植物誌のなかで, B.costataが川沿いにのみ純林をつくると記載している。B.costataは, しばしば純林を作るようであるが, 'makamba'は, 個体数も少なく, 普通純林を形成することは稀である。これにたいして, B.ermaniiは純林を作ることが多い。また, 'makamba'の垂直分布は, B.ermaniiと著しく異なっており, 普通冷温帯上部に見られることが多く, 針葉樹林帯に見られることは稀である。B.costataの垂直分布については, 韓国で標高2300mまで生育するという報告もあり, 検討する必要がある。これらの比較を行なった結果, 'makamba'とB.costataとの間には, いくつかの形質でわずかな形態的な差異が見られるが, どの形質もその変異が大きく重なっており, 両者を分けることができないので, B.nikoensisは, B.costataの概念のなかに含まれるとするのが, 適当であると結論した。その結果, 日本におけるB.costataチョウセンミネバリの分布は, 図7に示すようになる。したがって, 日本産の B.costata は, 最終氷期終了後, 日本列島と大陸とのつながりが切れた後も, 日本列島の中央部の関東地方と中部地方の, 一部のごく限られた地域に隔離分布して, わずかに見られる遺存植物の一つであると考えられる。