著者
石井 良則
出版者
首都大学東京小笠原研究委員会
雑誌
小笠原研究年報 (ISSN:03879844)
巻号頁・発行日
no.37, pp.31-58, 2014-05-31

父島扇村出身の島民が昭和15年(1940年)に書いた1 冊の日記帳の具体的な記述を通して、昭和10年代の島内の出来事について振り返り、戦災に遭う前の大村、主として東西両町の生活風景について推考した。また、当時の大村における水事情についても日記の記述から推察した。
著者
佐々木 政治 石井 良則
出版者
首都大学東京小笠原研究委員会
雑誌
小笠原研究年報 (ISSN:03879844)
巻号頁・発行日
no.39, pp.1-20, 2016-05-31

母島沖村出身の佐々木政治(図1)は、昭和19 年(1944 年)の全島民強制疎開の際に志願して母島に残留し、義勇隊防空監視哨員として他の島民軍属とともに船木山に詰め陸軍の作戦に参加した。敗戦までの約1 年間にわたる時期に起きた様々な出来事について、佐々木が回想し口述した談話記録を公開する。
著者
石井 良則
出版者
首都大学東京小笠原研究委員会
雑誌
小笠原研究年報 (ISSN:03879844)
巻号頁・発行日
no.33, pp.27-49, 2010-05-20

島根県仁多郡横田村(現奥出雲町)出身の岡崎喜一郎は、小笠原諸島の姉島という無人島に渡航して、小笠原姉島家庭塾という名称の感化教育施設を設立し、1937(昭和12)年1月より1939(昭和14)年8月まで、非行少年の更生のため生活を共にしながら教護したが、事情で施設の閉鎖を余儀なくされ、戦後間もなく郷里で死去した。2年8ヶ月という期間であったが、感化教育という困難に満ちた事業に献身した岡崎の大凡の活動を、彼の3男である岡崎洋三の書簡を通して推考する。
著者
石井 良則
出版者
首都大学東京
雑誌
小笠原研究年報 (ISSN:03879844)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.53-73, 2007-03

京都府船井郡園部町出身の猪子氏豊は、戦前の小笠原諸島母島に渡って幼児保育事業を開始し、長男で沖村世話掛の猪子徹雄の支援を得て、1928(昭和3)年4月15日の開園から1942(昭和17)年3月21日の閉園までの14年間にわたり、「小笠原尚美園」という名称の幼稚園を経営した。当時の様子を卒園生に聞いたり、東京都公文書館所蔵の『視察関係書類(八丈島・小笠原・館知事)冊の48』等を参考にしたりして論述した。