著者
石﨑 耕平 水田 宗達 清宮 清美
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】当指定障害者支援施設は,障害者総合支援法に基づき理学療法士(以下,PT)が関わりながら就労を支援している。通勤の自立は就労の可能性を高める要素であるが,通勤は各々の環境や条件が異なるため,動作能力のみの評価では不十分である。今回,車椅子片手片足駆動での通勤手段を獲得した症例を通して,通勤手段の獲得におけるPTの役割について検討する。【方法】症例は脳出血により右片麻痺を呈した40歳代男性。入所時における発症からの期間は313日であった。身体機能は,下肢Brunnstrome Recovery StageIII,感覚障害は中等度鈍麻であった。高次脳機能は,記銘力低下,注意の分配・転換の低下,遂行機能の低下,易疲労性がみられた。失語症は軽度で日常会話は可能であった。動作能力は,基本動作は自立,Berg Balance Scale46点であった。ADLはすべて自立していた。【結果】通勤経路として,自宅から自宅最寄り駅までは1.3km,横断歩道は1ヶ所,段差は2cm以内であった。自宅最寄り駅から職場最寄り駅までは電車を利用し乗り継ぎが必要であった。職場最寄り駅から職場までは200m,横断歩道は1ヶ所,段差は2cm以内であった。本症例の歩行能力は,T字杖および短下肢装具を使用し,10m16秒,連続歩行距離1km,10cmの段差昇降は自立,施設内および横断歩道を利用しない範囲での自宅周囲の歩行は自立していた。通勤手段を歩行にて検討した結果,記銘力の低下はみられるが経路の記憶は可能,自宅および職場から各最寄り駅までは横断歩道を利用しない経路を設定することでその区間の歩行は可能であった。しかし,電車の利用はフレックス通勤であったとしても,ある程度の混雑が予想される。本症例においては電車乗降の流れにのる歩行速度や,満員電車内でのバランスが不十分であるうえ,注意の分配・転換の低下から周囲の状況把握と自身の安定性の双方を保つことは困難であるため,歩行での通勤は困難と判断した。会社側はどのような手段であれ通勤できれば復職は可能という状況であったため,通勤手段を片手片足駆動での車椅子にて検討した。車椅子走行能力は,駆動速度10m6秒,連続走行距離1km以上,段差昇降3cm以内,スロープ昇降8°以内であった。満員電車内でのバランスは担保されており,電車乗降は駅員の介助を受けることで歩行時の問題点は解決した。走行時の問題点として,環境に応じた状況判断が困難であること,不整地走行や努力走行時に麻痺側膝伸展パターンによりフットサポートから足部が落下しやすいことが挙げられた。入所から4ヶ月目に公共交通機関の利用練習を2回実施し,5ヶ月目で電車とバスを利用しての施設と自宅間の移動は自立となり,耐久性向上を目的に施設と自宅間の移動を段階的にその頻度を増やしていった。なお,妻の希望により自宅から最寄り駅間は自家用車での送迎となった。車椅子は介護保険レンタル対応で,妻による積み込みが可能な重量,足部が落下しないフットサポートの位置と滑り止め,不整地走行時に痙性が誘発されないためのクッションキャスター,屋外での段差を考慮したキャスター径を検討して選択した。靴は約3週間で踵が擦り減るため,ソールに硬質の素材を貼り,点でなく面で受けるように歩行に影響が出ない範囲でカッティングした。頻度は週末を挟んでの片道,往復,同日内での往復,週2回と徐々に増やし,7ヶ月目にて週3回通勤時間帯で可能となった。8ヶ月目に職場最寄り駅から職場間の練習を実施した。12ヶ月目で試し出勤を開始し,15ヶ月目で復職に至った。【考察】本症例において,動作能力と通勤経路の適合を検討した結果,設定した通勤経路を車椅子にて走行する動作能力自体は備えていたが,高次脳機能障害により環境から判断して動作を選択する能力が不足していた。そのため,実際の通勤経路にて,どの経路を走行すれば良いか,各段差やスロープにてその状況に合わせて動作方法を指導し,経験を積む必要があった。さらに,週5日通勤可能な耐久性には至っておらず,疲労による歩行の安定性への影響や作業およびパソコンの授業への影響を確認しながら,PTが通勤練習回数を調整する必要があった。また,使用物品を検討することが通勤手段獲得への一助となった。【理学療法学研究としての意義】通勤手段の獲得における理学療法士の役割は,動作能力を的確に評価し,高次脳機能や環境要因,本人および家族の理解を踏まえて適合させていくことである。また,実際の環境にて練習することでより確実なものとなる。