著者
福永 俊輔 フクナガ シュンスケ FUKUNAGA SHUNSUKE
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
西南学院大学法学論集 (ISSN:02863286)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.1-41, 2015-10

二一世紀に入った二〇〇一年以降、刑法典の改正は実に十五回を数え、ほぼ毎年のように改正が行われている現状にある。かつて「ピラミッドのように沈黙」していると評され、遅々として進まなかった刑事立法は、その様相を一変し、現在は、まさに「立法の時代」にあるといえよう。二〇〇一年以降の一連の刑法典改正の中心に据えられているのが自動車運転に係る死傷事犯対策であることは、その改正内容が如実に物語る。すなわち、二〇〇一年改正において、悪質・危険な運転行為による重大な死傷事犯に対応するとして危険運転致死傷罪(刑法二〇八条の二)が新設されるとともに、軽微な自動車運転による業務上過失致傷事犯の刑の裁量的免除の規定(刑法二一一条二項)が新設された。二〇〇四年改正において、危険運転致傷罪の法定刑が引き上げられた。二〇〇六年改正において、業務上過失致死傷罪の罰金刑の上限が引き上げられた。二〇〇七年改正において、危険運転に該当しない悪質・重大な死傷事犯に対応するとして自動車運転過失致死傷罪(刑法二一一条二項)を新設し、加えて、従来「四輪以上の自動車」に限っていた危険運転致死傷罪の対象を、四輪以上の自動車と二輪の自動車とでは運転に伴う危険性に差がないとして「自動車」へと改め、自動二輪車や原動機付自転車にまで拡大した。さらに、二〇一三年には、刑法典に規定された危険運転致死傷罪および自動車運転過失致死傷罪が、刑法の特別法として、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(以下、単に「自動車運転死傷行為処罰法」ということもある)に移された。この改正により、危険運転致死傷罪は、その対象となる行為が追加されるとともに(自動車運転死傷行為処罰法二条)いわゆる準危険運転致死傷罪を新たに規定し(自動車運転死傷行為処罰法三条)、自動車運転過失致死傷罪は過失運転致死傷罪へと名称が改められた(自動車運転死傷行為処罰法五条)。その他、過失運転致死傷アルコール等発覚免脱罪(自動車運転死傷行為処罰法四条)、無免許運転時の事故に対する加重処罰規定(自動車運転死傷行為処罰法六条)が新設された。このように、二〇〇一年以降、一貫して自動車運転に係る死傷事犯に関わる規定の立法が行われているのである。二〇〇一年以前においては、自動車運転に係る死傷事犯は、それが故意によるものでない限り、自動車運転を業務であるととらえ、業務上過失致死傷罪で対応してきた。しかし、右の一連の改正の結果、二〇〇一年以前に業務上過失致死傷事犯とされていたものは、現在では、①自動車運転に係る死傷事犯の一部態様を故意犯として重罰化した(準)危険運転致死傷事犯、②①を除いた自動車運転に係る死傷事犯を(業務上)過失致死傷罪の特別類型として重罰化した過失運転致死傷(旧自動車運転過失致死傷)事犯、③自動車運転過失による死傷事犯以外の従前の業務上過失致死傷事犯に三分されることとなった。また、これにより、自動車運転に係る死傷事犯に関しては、全体として法定刑の底上げがもたらされ、重罰化が果たされるに至った。このように、自動車運転に係る死傷事犯をめぐる状況は、ここ一〇年余りの間で大きく様変わりしたのである。
著者
福永 俊輔 フクナガ シュンスケ FUKUNAGA SHUNSUKE
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
西南学院大学法学論集 (ISSN:02863286)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.206-161, 2015-06

わが国が近代刑事再審制度を採用したのは、1880年制定にかかる治罪法においてである。治罪法は、フランス法に倣い、利益再審のみを認めた。その後、1890年制定にかかる旧々刑事訴訟法(明治刑事訴訟法)も治罪法とほぼ同様の規定を置いたが、1922年制定にかかる旧刑事訴訟法(大正刑事訴訟法)は、ドイツ法を継受し、利益再審のみならず不利益再審をも認めるに至った。しかし、戦後、日本国憲法が第39条において一事不再理を規定したことに伴い、まず応急措置法20条が「被告人に不利益な再審は、これを認めない」として不利益再審規定を廃止し、その後、1948年に制定された現行刑事訴訟法も、不利益再審を廃し、再審を利益再審に限って認めている。こうして、現行のわが国の再審制度は、「再びフランス型に戻った」と評される。わが国の再審制度の起源であるフランスに目を向けると、近時、刑事再審制度をめぐって、大きな動きがあった。昨年、「刑事確定有罪判決の再審および再審査の手続の改正に関する2014年6月20日の法律」(LOI n°2014-640 du 20 juin 2014 relative à la réforme des procédures de révision et de réexamen d'une condamnation pénale définitive。以下、フランス2014年法ということもある)の公布・施行に伴い、フランス刑事訴訟法における再審規定の改正が行われたのである。わが国の治罪法制定に当たり基礎とした1808年ナポレオン刑事訴訟法典は、わが国の刑事再審制度にとどまらず、近代的な再審制度の立法化の起源であるとされる。もっとも、すでに指摘されているように3)、そこで規定された再審規定は、極めて厳格なものであった。しかしながら、以後のフランス刑事再審制度は、個別の誤判事件とそれに対する世論を背景として改正を繰り返しながらその厳格性を改め、リベラルな性格を持つ再審制度として結実した。2014年のフランス刑事訴訟法の再審規定の改正は、こうした再審制度につき、全面的な改正を行ったものである。ところで、近時、わが国においては、刑事再審をめぐる動きが活発化している。昨年、袴田事件第二次再審請求審に対して、静岡地裁は、再審の開始と拘置の執行停止という判断を行った。2000年以降に目を広げても、布川事件、氷見事件、足利事件、東電OL事件で再審無罪の判断が下されている。しかし、その一方で、名張事件、福井女子中学生殺人事件では再審開始決定後に取り消しがなされ、その他北陵クリニック事件、飯塚事件、恵庭OL事件、大崎事件などでは再審請求が棄却されている。こうした再審に関する動きの中で、研究者やこれら再審事件に直接かかわっている実務家から、再審請求審における判断構造、証拠開示の問題、再審開始決定に伴う刑の執行停止の問題やいわゆる「再審格差」の問題などが指摘されている。フランス刑事再審制度は、わが国が現在抱えているこれら再審の問題を考察するうえで参考となる点が多く、きわめて示唆に富むように思われる。そこで、本稿は、フランス2014年法により新たに改正されるに至ったフランス刑事再審制度につき、従来のフランス再審制度との比較を通じてこれを紹介し、フランス刑事再審制度の近時の動向を確認することをその目的とするものである。