著者
松川 純 稲富 信博 西田 晴行 月見 泰博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.3, pp.104-110, 2018 (Released:2018-09-06)
参考文献数
25
被引用文献数
1

プロトンポンプ阻害薬(PPI)は,哺乳類の胃壁細胞に選択的に局在し,かつ酸分泌の最終段階を担う酵素であるH+, K+-ATPase(プロトンポンプ)に対して共有結合を形成し,活性を不可逆的に阻害する.PPIは制酸薬やヒスタミンH2受容体拮抗薬などと比較して,優れた臨床効果を示すことから,長期にわたって酸関連疾患治療の第一選択薬として用いられてきた.しかしながら下記のように,臨床上幾つか改善しうる点があることも明らかとなってきた.すなわち,血中半減期が短く,特に夜間の酸分泌抑制が不十分であること,最大効果を発揮するまでに4~5日間の反復投与が必須であること,主として遺伝子多型のあるCYP2C19により代謝を受けるため患者間の血中動態や有効性にばらつきが出ることなどである.これらの点を克服しうる新薬を見出すため,我々は社内のライブラリー化合物を用いてランダムスクリーニングを実施し,さらにリード化合物の最適化合成を実施した.その結果,プロトンポンプを可逆的かつカリウムイオン競合的に阻害する新規胃酸分泌抑制薬,ボノプラザンフマル酸塩の合成に成功した.ボノプラザンは,複数の前臨床動物モデルにおいて,PPIであるランソプラゾールと比較して強力かつ持続的な胃酸分泌抑制作用を示した.その作用は本薬の胃壁細胞への高い集積性によって説明できると考えられた.ボノプラザンは臨床試験においてもすみやかな薬理作用の立ち上がりと優れた作用持続を発揮し,びらん性食道炎やヘリコバクターピロリ除菌補助を含む複数の酸関連疾患に対してランソプラゾールと比較して非劣性の有効性を示したことから,2014年に日本国内で承認された.ボノプラザンはその優れた臨床効果により,従来PPIが第一選択であった各種の酸関連疾患に対して新たな治療選択肢を提供しうる薬剤である.
著者
松川 純 稲富 信博 大竹 一嘉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.5, pp.275-282, 2015 (Released:2015-11-11)
参考文献数
16
被引用文献数
1 4

ボノプラザンフマル酸塩(TAK-438,以後ボノプラザン)は胃潰瘍,十二指腸潰瘍,逆流性食道炎,低用量アスピリンあるいは非ステロイド性抗炎症薬投与時における胃潰瘍または十二指腸潰瘍の再発抑制およびH. pyloriの除菌補助の効能効果で承認された新規胃酸分泌抑制薬である.カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)とも呼ばれる新たな作用機序を有するボノプラザンは,胃のH+, K+-ATPaseを従来のプロトンポンプ阻害薬(PPI)とは全く異なる様式で阻害する.ボノプラザンは酸に安定で胃壁細胞に高濃度集積し,消失が遅いことから従来のPPIよりも作用持続が長く,またPPIとは異なり酸による活性化を必要としないことから胃内pHを高く上昇させることができる.PPIで問題となっている薬物におけるCYP2C19遺伝多型の影響をほとんど受けないことから,効果のばらつきも小さく,PPIよりも有用性が高い治療薬としての可能性が示唆された.ボノプラザンの強力な酸分泌抑制効果,その効果発現の早さ,効果の持続の長さは臨床試験でも示され,逆流性食道炎などの酸関連疾患の治療やH. pylori除菌補助において優れた有効性・安全性が確認された.ボノプラザンは酸関連疾患などの治療におけるunmet medical needsに応えることのできる新たな選択肢として期待される.
著者
村上 泉 浅野 正一 幸重 浩一 長屋 秀明 佐藤 宏 稲富 信博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.108, no.6, pp.323-332, 1996-12-01
参考文献数
19
被引用文献数
1 2

ランソプラゾールの急性胃粘膜病変に対する治療効果を検討する目的で, ラットを用いインドメタシンによる胃出血と胃粘膜損傷に対する作用を静脈内投与で検討し, オメプラゾール, ファモチジンおよびラニチジンの作用と比較した.インドメタシン30mg/kg投与により胃出血が惹起されるが, この条件下にランソプラゾールを投与すると強い胃出血抑制作用を示し, ID<SUB>50</SUB>値は0.29mg/kg, i.v.であった.オメプラゾールおよびファモチジンも有意な胃出血抑制作用を示したが, ラニチジンは軽度な抑制しか示さなかった.ランソプラゾールの胃出血抑制作用は酸分泌抑制作用と相関し, 灌流液中に50mM塩酸を添加することにより消失したことから, ランソプラゾールの胃出血抑制作用は主として酸分泌抑制作用に基づくと考えられた.ランソプラゾールはインドメタシンによる胃粘膜損傷の進展に対して抑制作用を示し, ID50<SUB></SUB>値は0.10mg/kg, i.v.であった.オメプラゾール, ファモチジンおよびラニチジンのID<SUB>50</SUB>値は各々0.69, 2.58および24.6mg/kg, i.v.であり, ヒスタミンH2受容体遮断薬の作用は比較的弱かった.以上の成績からランソプラゾ-ルは胃出血および胃粘膜損傷の進展に対して強い抑制作用を有し, 急性胃粘膜病変の治療に有用と考えられた.
著者
稲富 信博 新田 勝之 櫻井 祐一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.2, pp.149-156, 2008 (Released:2008-02-14)
参考文献数
20
被引用文献数
1 2

静注用胃酸分泌抑制薬ランソプラゾール(タケプロン®静注用30 mg)は「経口投与不可能な出血を伴う胃潰瘍,十二指腸潰瘍,急性ストレス潰瘍および急性胃粘膜病変」に対する治療薬である.ランソプラゾールは静脈内投与後,胃酸生成細胞である壁細胞に移行して活性体に変換され,酸分泌の最終段階であるH+,K+-ATPaseを強く抑制して胃酸分泌を抑制する.ランソプラゾールはラットにおける基礎酸分泌および各種刺激酸分泌を抑制し,イヌにおける刺激酸分泌も抑制した.ランソプラゾールはラットにおける胃出血モデルに対して強い抑制作用を示し,胃粘膜損傷形成も抑制した.胃出血抑制作用および胃粘膜損傷形成抑制作用はいずれもランソプラゾールの胃酸分泌抑制作用に基づくと考えられ,特に胃出血抑制作用は胃内pHを上昇させることによる血液凝固能および血小板凝集能の改善,並びにペプシン活性を抑制して血液凝固塊の溶解を抑制した結果と考えられた.ランソプラゾール静注剤の臨床試験では,健康成人男子を対象とした臨床薬理試験が実施され,ランソプラゾールを1回30 mg 1日2回投与することで,臨床的に有意な酸分泌抑制効果を示すと考えられた.さらに,経口投与が困難な上部消化管出血患者を対象とした臨床試験も実施され,ランソプラゾール注射剤の止血効果は,ヒスタミンH2受容体拮抗薬である塩酸ロキサチジンアセタート注射剤と比較して臨床的に非劣性が検証された.また,因果関係が否定できなかった有害事象において,自他覚的随伴症状および臨床検査値の異常変動のいずれにおいても特に頻度の高い項目はみられず,塩酸ロキサチジンアセタート注射剤と比較しても発現頻度は同様の値であり,両薬剤群間に差はみられなかった.以上の基礎および臨床試験成績より,ランソプラゾールはH+,K+-ATPase阻害という作用機序に基づいて明確な作用を示し,安全性も高いことから上部消化管出血治療薬として有用な薬剤になると考えられる.