著者
杉下 守弘 逸見 功 竹内 具子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.168-183, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
17
被引用文献数
4

【要旨】精神状態短時間検査-日本版(MMSE-J)(杉下2006)の基準関連妥当性について、日本の「アルツハイマー病神経画像戦略」(「Japanese Altzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative (J-ADNI)」)に参加した被験者313例のデータに基づき2010年に予備的に評価した。また、再検査信頼性もJ-ADNIに参加し、2度検査した145例について予備的に評価した。再検査は最初の検査の6カ月後に検査された(杉下、逸見、JADNI研究2010)。しかし、2012年3月、製薬会社社員によってJ-ADNIデータの改ざんが報告された。そして、2014年3月には杉下守弘と朝田隆が改ざん、研究実施計画(プロトコル)違反およびそれらの疑いのある問題例合計105例(杉下による68例、朝田による37例)を東京大学特別調査委員会に報告した。2014年6月20日に東京大学特別委員会は「データが不適切に人によって不適切に修正されたこと」を承認した。このため、2010年の論文の著者ら(杉下、逸見)は、論文の掲載取り下げと論文の再検討を申し出、認知神経科学編集委員会はこれを2014年6月3日に受諾した。その後、2014年10月に第三者委員会に問題例として129例が報告された。第三者委員会報告書はこれらの問題例を調べ、問題ないとした。しかしながら、筆者(杉下)による4回にわたる第三者委員会に対する反論により、第三者委員会の問題がないという判断は誤りであることが明らかにされた(http://www.geocities.jp/shinjitunodentatu/daisannsyaiin.html 参照)。従って、データの適切な是正が必要となった。しかし、J-ADNIの研究代表者岩坪威氏は2016年1月末にJ-ADNIのデータを是正することなく日本科学技術振興機構から研究者に制限公開した(http://humandbs.biosciencedbc.jp/hum0043-v1)。そこで、本研究は、杉下、逸見、JADNI研究(2010)のデータのうち改ざん、研究実施計画(プロトコル)違反およびそれらの疑いのある問題例などを除き、MMSE-Jの妥当性と信頼性を再検討することを目的とした。我々の以前の研究(杉下、逸見、JADNI研究2010)では、313名を対象としてMMSE-Jの23/24カットオフ得点(23点以下認知症の疑い。24点以上認知症の疑いなし。)の基準関連妥当性を医師による分類(健常者/MCI群とアルツハイマー病患者群に分類)と比較して評価した。医師による分類はNational Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke and the Alzheimer’s Disease and Related Disorders Association (NINCDS/ADRDA) およびthe Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition (DSM-IV)に基づいて行われた。本研究では313名から改ざん、研究実施計画違反あるいはそれらの疑いのある54例を除いた。また、その他の理由により8例(頭部MRI異常の4例、教育水準の低い3例およびうつ尺度で異常な高得点を示した1例)を除き、基準関連妥当性は251例で評価された。MMSE-Jの23/24カットオフ得点の基準関連妥当性は高く、また、以前の研究とほぼ同じであることがわかった(100-7版で、感度0.86、特異度0.89であり、逆唱版では、感度0.80、特異度0.94)。本研究の解析では、新たに、認知障害の可能性のある群と可能性の無い群を分ける最適のMMSE-Jカットオフ値を外的基準すなわち医師による分類(健常者/MCI群とAD群)に対して評価した。医師の分類はNINCDS/ADRDA基準及びDSM IV.に基づいて行った。しかし、MMSE-Jは時々、医師の分類の前に行われた。医師はMMSE-J得点を分類前に知っており、MMSE-Jの得点が医師の分類に影響を及ぼしたかもしれない。ROC分析は最適のカットオフ値が100-7版では23/24、逆唱版では23/24あるいは24/25であることを示した。2010年の研究では、スクリーニング時の検査と6カ月後の再検査を受けた142例を対象として再検査信頼性を検討した。本論文では142例から改ざん、研究実施計画違反あるいはそれらの疑いのある23例などを除いた。また、その他の理由により4例(教育水準の低い2例および脳腫瘍の疑いのある1例およびデータ不備の1例)を除き、115名で再検査信頼性を評価した。MMSE-Jの信頼性を算出するため、MMSE-Jのスクリーニング時の合計得点と、6カ月後の再検査時の合計得点の相関係数を算出した。再検査信頼性は優れており、以前の研究と大体同じであることが分かった(100-7版で0.80、逆唱版で 0.74)。本研究のMMSE-Jの基準関連妥当性と再検査信頼性は優れており、MMSE-Jが認知症のスクリーニング検査として十分に使用可能であることを示した。また、本研究の結果は、逆唱課題の方が100-7課題より得点が高く、逆唱課題が100-7課題よりやさしいことが示された。以前の研究と本研究において、基準関連妥当性と認知症の最適カットオフ値はMMSE-J得点から完全には独立していない外的基準に対して評価された。今後、妥当性と最適カットオフ値はMMSE-J得点の影響を受けない独立性の高い外的基準を用いて評価されるべきである。米国のADNIデータでは健忘性MCIからADへの変換率は1年後で16.5%である(Petersen et al. 2010)。ところが日本のADNIデータの変換率は1年後29.0%(64/221)であり(朝田2013)、変換率が異常に高く、米国のデータと比べると2倍に近い。この結果は、日本のADNIデータに問題があることを示唆している。この異常値を改ざん、プロトコル違反、あるいは他の原因によるのかを明らかにすることは今後の問題である。この問題が明らかにされない限り、日本のADNIデータを、研究目的で使用すべきでないようだ。