著者
杉下 守弘 腰塚 洋介 須藤 慎治 杉下 和行 逸見 功 唐澤 秀治 猪原 匡史 朝田 隆 美原 盤
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.91-110, 2018 (Released:2018-06-26)
参考文献数
21
被引用文献数
7

【要旨】Mini-Mental State Examination(略称MMSE)は世界で最も使用されている認知症スクリーニング検査(原版は英語)といわれている。しかし、その日本語版は、翻訳や文化的適応が適切でないものが多く、十分な標準化も行われていなかった。MMSE原版は国際的に使用されているので、日本のデータと世界の他の国のデータを比較するために、MMSE原版と等価なMMSE日本語版の作成は急務と考えられた。そこで、2006年、原版に忠実な翻訳と適切な文化適応を目指したMMSE日本語版(MMSE-J)が作成された。MMSE-Jは国際研究「アルツハイマー病神経画像戦略(ADNI)」の日本支部(J-ADNI)で使用され、そのデータを基に、2010年、MMSE-Jの妥当性と信頼性が検討された。 ところが、2012年3月、日本のADNI(J-ADNI)データの改ざんが指摘され、2014年3月には東京大学調査委員会に改ざんやプロトコル違反など問題例が報告された。その後、第三者委員会報告書はこれらの問題例を問題ないとした。しかし、この判断は誤りであることが明らかにされた11-13)。 杉下ら (2016)は、杉下らの論文(2010)のJ-ADNIデータのうち改ざんやプロトコル違反などの問題例を削除してMMSE-Jの妥当性と信頼性の訂正をした。また、次の3つの問題を指摘した。1)日本の被験者では 100-7課題が難しくはないので、100-7の代わりに逆唱を行うのは適切でない。2)J-ADNIのデータには、AD、MCIおよび健常者の診断がMMSE 得点を見て行われている例があり、算出された妥当性に問題がある。3)J-ADNIデータはMCIのADへの変換率が通常の研究に比べ約2倍であるなど問題があるので、日本のADNIのデータを使用せず、新たにデータを集め、信頼性と妥当性を検討する必要がある。本研究ではこれら3つの問題を解決し、MMSE-Jの標準化を完成するため、1)100-7と逆唱の問題はMMSE(2001)の注意・計算課題を施行して検討した。2)妥当性の検討では、外的基準としてDSM-5 とFASTを用い、その後、MMSE-Jを行った。3)J-ADNIのデータを使わず、新たに381例のデータを集め、標準化を行なった。妥当性と信頼性は100-7を拒否した2例を除き379例を対象として検討した。 その結果、MCI群と軽度AD群では性別、年齢、教育年数は得点に影響しなかった。健常者群では教育年数が低い場合と、年齢が高い場合、MMSE-J得点が低かったが、性別は得点に影響しなかった。被験者で100-7課題が出来ない者は5名、拒否した者は2名でごく少数であった。ROC分析で、MCI群と軽度AD の最適カットオフ値は23/24(感度68.7%、特異度78.8%)、健常者群とMCI群の最適カットオフ値は27/28(感度83.9%、特異度 83.5%)であった。MMSE-J原法の最適カットオフ値の弁別力は健常者とMCIとの弁別には満足のいくものである。しかし、MCIとADとの弁別は満足できる程度より低い。これらの結果は、MMSE-J原法が高くはないが妥当性があることを示している。再検査を行った67例のtest-retest の相関係数は0.77であり、再検査信頼性は高い。本研究で得られたMMSE-J原法の妥当性と信頼性は、MMSE-J原法が認知症のスクリーニング検査として使用可能であることを示している。内容目次はじめにI. 方法 1. 対象とした被験者 2. 被験者の分類 3. MMSEの注意・計算課題の施行法 4. 本研究で検討した4つの研究課題II. 結果 1. MMSE-J原法の「計算・注意課題」の検討 2. MMSE-J原法得点 への性別、年齢および教育年数の影響 1) 健常者のMMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 健常者A群175名(23-88歳)の分析 健常者B群127名(55-88歳)の分析 2) MCI群のMMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 3) 軽度AD群のMMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 4) 健常者の年齢別のMMSE-J原法得点 3. MMSE-J原法の妥当性とカットオフ値 1) 健常者B群(55歳以上)対MCI群の最適カットオフ値 2) MCI 群 対 軽度AD 群の最適カットオフ値 3) 健常者BおよびMCI群 対 軽度AD 群の最適カットオフ値 4. MMSE-J原法の信頼性III. 考察 1. MMSEの翻訳の問題点 1) MMSE1975年版の翻訳の問題点 2) MMSE2001年版と日本語版MMSE 2. 日本語版MMSEの著作権 3. MMSE-J原法の標準化の長所 4. MMSE-J原法の「計算・注意課題」について 5. MMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 6. 妥当性およびカットオフ値について 7. 再検査信頼性について 8. MMSE-J原法のスクリーニング検査としての役割おわりに
著者
杉下 守弘 逸見 功 竹内 具子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.168-183, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
17
被引用文献数
4

【要旨】精神状態短時間検査-日本版(MMSE-J)(杉下2006)の基準関連妥当性について、日本の「アルツハイマー病神経画像戦略」(「Japanese Altzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative (J-ADNI)」)に参加した被験者313例のデータに基づき2010年に予備的に評価した。また、再検査信頼性もJ-ADNIに参加し、2度検査した145例について予備的に評価した。再検査は最初の検査の6カ月後に検査された(杉下、逸見、JADNI研究2010)。しかし、2012年3月、製薬会社社員によってJ-ADNIデータの改ざんが報告された。そして、2014年3月には杉下守弘と朝田隆が改ざん、研究実施計画(プロトコル)違反およびそれらの疑いのある問題例合計105例(杉下による68例、朝田による37例)を東京大学特別調査委員会に報告した。2014年6月20日に東京大学特別委員会は「データが不適切に人によって不適切に修正されたこと」を承認した。このため、2010年の論文の著者ら(杉下、逸見)は、論文の掲載取り下げと論文の再検討を申し出、認知神経科学編集委員会はこれを2014年6月3日に受諾した。その後、2014年10月に第三者委員会に問題例として129例が報告された。第三者委員会報告書はこれらの問題例を調べ、問題ないとした。しかしながら、筆者(杉下)による4回にわたる第三者委員会に対する反論により、第三者委員会の問題がないという判断は誤りであることが明らかにされた(http://www.geocities.jp/shinjitunodentatu/daisannsyaiin.html 参照)。従って、データの適切な是正が必要となった。しかし、J-ADNIの研究代表者岩坪威氏は2016年1月末にJ-ADNIのデータを是正することなく日本科学技術振興機構から研究者に制限公開した(http://humandbs.biosciencedbc.jp/hum0043-v1)。そこで、本研究は、杉下、逸見、JADNI研究(2010)のデータのうち改ざん、研究実施計画(プロトコル)違反およびそれらの疑いのある問題例などを除き、MMSE-Jの妥当性と信頼性を再検討することを目的とした。我々の以前の研究(杉下、逸見、JADNI研究2010)では、313名を対象としてMMSE-Jの23/24カットオフ得点(23点以下認知症の疑い。24点以上認知症の疑いなし。)の基準関連妥当性を医師による分類(健常者/MCI群とアルツハイマー病患者群に分類)と比較して評価した。医師による分類はNational Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke and the Alzheimer’s Disease and Related Disorders Association (NINCDS/ADRDA) およびthe Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition (DSM-IV)に基づいて行われた。本研究では313名から改ざん、研究実施計画違反あるいはそれらの疑いのある54例を除いた。また、その他の理由により8例(頭部MRI異常の4例、教育水準の低い3例およびうつ尺度で異常な高得点を示した1例)を除き、基準関連妥当性は251例で評価された。MMSE-Jの23/24カットオフ得点の基準関連妥当性は高く、また、以前の研究とほぼ同じであることがわかった(100-7版で、感度0.86、特異度0.89であり、逆唱版では、感度0.80、特異度0.94)。本研究の解析では、新たに、認知障害の可能性のある群と可能性の無い群を分ける最適のMMSE-Jカットオフ値を外的基準すなわち医師による分類(健常者/MCI群とAD群)に対して評価した。医師の分類はNINCDS/ADRDA基準及びDSM IV.に基づいて行った。しかし、MMSE-Jは時々、医師の分類の前に行われた。医師はMMSE-J得点を分類前に知っており、MMSE-Jの得点が医師の分類に影響を及ぼしたかもしれない。ROC分析は最適のカットオフ値が100-7版では23/24、逆唱版では23/24あるいは24/25であることを示した。2010年の研究では、スクリーニング時の検査と6カ月後の再検査を受けた142例を対象として再検査信頼性を検討した。本論文では142例から改ざん、研究実施計画違反あるいはそれらの疑いのある23例などを除いた。また、その他の理由により4例(教育水準の低い2例および脳腫瘍の疑いのある1例およびデータ不備の1例)を除き、115名で再検査信頼性を評価した。MMSE-Jの信頼性を算出するため、MMSE-Jのスクリーニング時の合計得点と、6カ月後の再検査時の合計得点の相関係数を算出した。再検査信頼性は優れており、以前の研究と大体同じであることが分かった(100-7版で0.80、逆唱版で 0.74)。本研究のMMSE-Jの基準関連妥当性と再検査信頼性は優れており、MMSE-Jが認知症のスクリーニング検査として十分に使用可能であることを示した。また、本研究の結果は、逆唱課題の方が100-7課題より得点が高く、逆唱課題が100-7課題よりやさしいことが示された。以前の研究と本研究において、基準関連妥当性と認知症の最適カットオフ値はMMSE-J得点から完全には独立していない外的基準に対して評価された。今後、妥当性と最適カットオフ値はMMSE-J得点の影響を受けない独立性の高い外的基準を用いて評価されるべきである。米国のADNIデータでは健忘性MCIからADへの変換率は1年後で16.5%である(Petersen et al. 2010)。ところが日本のADNIデータの変換率は1年後29.0%(64/221)であり(朝田2013)、変換率が異常に高く、米国のデータと比べると2倍に近い。この結果は、日本のADNIデータに問題があることを示唆している。この異常値を改ざん、プロトコル違反、あるいは他の原因によるのかを明らかにすることは今後の問題である。この問題が明らかにされない限り、日本のADNIデータを、研究目的で使用すべきでないようだ。
著者
杉下 守弘 逸見 功 JADNI研究
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.186-190, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
2

【要旨】 Mini Mental State Examination (MMSE)(精神状態短時間検査)は最も広く使用されている認知症スクリーニング検査のひとつである。2006年、新たにMMSEの日本版(MMSE-J)(翻訳、翻案、杉下守弘、2006)を作成した。MMSE-Jの妥当性を、JADNIに参加した健常者107名、MCI 154名、AD 52名の合計313名を対象として検討した。38医療施設の認知症を専門とする医師が被験者313名を健常者、MCI(軽度認知障害患者)およびAD(アルツハイマー病患者)に分類した結果と、その後、MMSE-Jの検査を行い、MMSE-Jの得点による2分類(23点以下を認知症の疑いありとし、24点以上を認知症の疑いなしとして2群を作る分類)を比較して、予測的妥当性を検討した。100-7版の予測的妥当性は、感度0.86、特異度0.89であった。逆唱版の予測的妥当性は、感度0.88、特異度0.94であった。 MMSE-Jのスクリーニング時の検査成績と、6カ月後の再検査成績のある、142名(健常者71名、MCI 47名、AD 24名)について、MMSE-Jのスクリーニング時の検査成績と、6カ月後の再検査成績の相関係数を算出した。相関係数は、100-7版で0.81、逆唱版で0.77であった。JADNIおよびADNIがおこなっている4つの心理テスト(MMSE、CDR、Logical MemoryおよびGDS)をもとにした分類(健常者、MCI、ADの3群に分類。健常者とMCIをまとめて1群とし、ADを1群として2群とする。)とMMSE-Jの得点による2分類(23点以下を認知症の疑いありとし、24点以上を認知症の疑いなしとして2群を作る。)を比較し、予測的妥当性を検討した。100-7版の予測的妥当性は、感度0.83、特異度0.92であった。逆唱版の予測的妥当性は、感度0.83、特異度1.00であった。信頼性を検討するため、MMSE-Jの内部一貫性をみるため、アルファー係数を計算した。100-7版0.58、逆唱版0.47であった。100-7版と逆唱版の相関係数は高く、スクリーニング時に0.89であり、6か月後の再検査時には0.92であった。以上のデータはMMSE-Jが認知症のスクリーニング検査として十分に使用可能であることを示している。