著者
鈴木 真理子 鈴木 裕子 竹山 理恵 徳田 良英
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.H4P3257, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】四肢運動時において重心移動が生じるため,姿勢の調節が必要である.姿勢は,筋収縮によって発生する反作用を見越して運動調節する機構により,簡単には崩れにくいように働く.このため,予測的な姿勢調節が随意運動に先行して行われる必要がある(吉尾ら. 2007).これを先行姿勢調節機構(Anticipatory Postural Adjustments:以下APA)という.APAの先行研究では上肢外転肢位で,落下する重錘を掴む際,主動作筋に先行して対側の体幹筋が活動し,重錘を放す際,対側の体幹筋が抑制する事が明らかになっている(Alexander, et al. 2001).本研究は,上肢前方挙上時の体幹のAPAを計測し,姿勢調節におけるさまざまなstrategyを類型的に把握し検討することを目的とする.【対象・方法】対象者は健常成人24名(男性14名,女性10名:平均年齢21.8±0.6歳,身長166.6±8.2cm,体重54.5±7.8kg)とした.実験装置は,被検者が立位で肩関節を90度屈曲した肢位の手掌から40cm上方に風船を設置した.実験課題は開始肢位は両上肢を体側に下垂した開眼立位とし,風船を合図無しに落とし,被験者は肩関節屈曲運動を素早く行い,風船を把持する事とした.上記課題はフォースプレート(Kistler社製,サンプリング周波数1KHz)上で行い,課題前後の重心の軌跡を測定した.右三角筋前部線維,両側外腹斜筋,両側脊柱起立筋の筋活動を筋電計(DKH社製EMG計測システム,サンプリング周波数1KHz)にて同期して計測した.また,ビデオカメラによって矢状面の被験者の姿勢と姿勢保持のためのstrategyを観察した.解析方法は,安静立位の開始時点から三角筋の筋活動の賦活開始時点までの体幹筋の筋電図の波形からパターンに分類し,姿勢・動作との対応を探った.【説明と同意】ヘルシンキ宣言に則り,対象者に研究内容を説明し,同意を得た.【結果】全被験者で,APAの出現後から上肢挙上運動開始までの間に重心が後方に移動した.重心の後方移動距離(平均±標準偏差)は(1.1±0.5cm)で,各群間で有意差はなかった(p>.05).筋電図の波形から,A群(5名),B群(10名),C群(9名)に分類した.各群の概要は以下の通りであった.A群は,三角筋が活動する100-200msec前に外腹斜筋が抑制,50-100msec前に脊柱起立筋が活性化した群である.ビデオ解析の結果,A群は立位姿勢のalignmentが比較的良好で, 課題時の重心の後方移動は全てhip strategyによって行っていた.B群は,安静立位時に外腹斜筋の筋活動が著明に認められないものである.外腹斜筋にAPAがみられず,三角筋が活動する20-80msec前に脊柱起立筋が活性化した. ビデオ解析の結果,B群10名全員の立位姿勢alignmentは概ね不良で,過半数は頚椎前彎と胸椎後彎が強く,骨盤が後傾した姿勢であった. 課題時の重心の後方移動は8名がhip strategy, 2名がankle strategyによって行っていた.C群は,外腹斜筋,脊柱起立筋にAPAがみられないものである. ビデオ解析の結果, 課題時の重心の後方移動はC群9名中, 7名がankle strategy, 1名がhip strategy,残りの1名が knee strategy によって行っていた.【考察】全被験者において重心が後方に移動しているのは,上肢前方挙上の際に,上肢の重みにより重心が前方に移動することを予測し,姿勢を保持するために無意識的に行われている.重心移動時に,各群間で筋活動が異なるのは,姿勢とstrategyの影響によると考える.まず,A群とB群においては,同じhip strategyによって重心の後方移動を行っている. A群においては外腹斜筋に抑制のAPAが生じたが,B群においては生じなかった.A群は安静立位で腹筋群を使用した良姿勢をとっており,脊柱起立筋に拮抗して外腹斜筋は抑制されたが,B群の安静立位は腹筋群をあまり使用しない不良姿勢であったため外腹斜筋に抑制のAPAが出現しなかったと考える.次に,体幹筋にAPAが生じたA・B群と生じなかったC群を比較する. A・B群はhip strategy, C群の多くはankle strategyにて重心の後方移動を行っている.よって,APAをhip strategyにて行った場合は体幹筋が, ankle strategyにてAPAを行う場合は体幹ではなく,下肢の筋活動が三角筋に先行する可能性が示唆された.【理学療法研究の意義】姿勢調節に重要なAPA出現の仕方を姿勢・動作との対応から類型的に把握することを試みたもので,パイロットスタディーとして意義がある.