著者
重本 隆一 篠原 良章
出版者
生理学研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

(1)方法の確立本研究ではまず、同側の神経線維の作るシナプスのみを調べるために、腹側海馬交連(VHC)をあらかじめ切断したマウスを作製した。このような動物から用意されたCA1領野のスライスから電気生理学的記録を行うとともに、シナプス蛋白質を精製しNMDA受容体の反応やサブユニットの定量を行った。また同様の動物から電子顕微鏡用の超薄切片を作成し定量的金標識法により個々のシナプスでのNMDA受容体の定量を行った。(2)グルタミン酸受容体の左右非対称性我々は既にNMDA受容体サブユニットNR2Bの左右のシナプスにおける局在の違いについて、postembedding法で解析し、錐体細胞のシナプス特異的に非対称性が存在し、介在神経細胞のシナプスは対称的であることを明らかにしていた(Wu et al., J Neurosci., 2005)。本研究ではシナプス全体としての左右差を明らかにするために、まずはシナプスに局在する蛋白質のうち量的な非対称性があるものを検索した結果、AMPA型グルタミン酸受容体GluR1サブユニットにNR2Bとは反対方向の左右非対称性がある事を定量的なWestern blotで明らかにした(Shinohara et al., PNAS, 2008)。その他のグルタミン酸受容体サブユニットには左右非対称性は認められなかった。(3)個々のシナプスにおけるNR2BとGluR1密度の逆相関当部門では、定量的な免疫電子顕微鏡法として凍結割断レプリカ免疫標識法の開発を進めている。すでにAMPA受容体については1チャネルを1つの金粒子で検出できる事を示しており(Tanaka et al., J Neurosci., 2005; Masugi-Tokita et al., J Neurosci., 2007)、NMDA受容体についても定量的な解析を進めた結果、NR2BとGluR1ではシナプスにおける密度に明確な逆相関が存在する事を明らかにした(Shinohara et al., PNAS, 2008)。(4)シナプス形態の左右非対称性また、我々は錐体細胞がシナプスを形成するスパインの構造自体に対応するシナプス間で大きな左右差が存在することを発見した(Shinohara et al., PNAS, 2008)。右側より入力を受けるシナプスの方が左側より入力を受けるシナプスよりも大きなスパインとシナプス面積を持っており、perforated synapseやmushroom型スパインの頻度が有意に高い。(5)その他のシナプス蛋白質の総量の左右非対称性NR2BとGluR1以外で、CA1によく発現しているイオノトロピック型グルタミン酸受容体、すなわちNR1, NR2A, GluR2, GluR3については、シナプス密度に左右非対称性は存在しないものの、これらの量はシナプス面積に比例していることが明らかになり、右側より入力を受けるシナプスの方が面積が大きい事を反映して、総量としてはこれらのシナプスでより多く発現していることが明らかになった。これはほとんどのPSD蛋白質にシナプスに含まれる総量としての非対称性が存在する事を示唆している。同様の理由により、NR2Bに関しては総量としての左右非対称性は打ち消されていることが明らかになった。逆にGluR1の非対称性は強調されており総量で2倍以上の差があった。(6)シナプス左右非対称性の生理的意義上記のようなグルタミン酸受容体やシナプス形態の左右非対称性の生理的意義を調べるためにマウス脳を左右で分断し、右の海馬を主に使うマウスと左の海馬を主に使うマウスの間で空間学習能を調べたところ、右は正常と差がなかったが左では障害が認められた。この結果はマウスでもヒトと同じように空間学習機能は右脳優位であることを示している。これは、右海馬シナプスに長期増強現象の結果増大するGluR1が密度が高いことと一致する結果である。
著者
平瀬 肇 篠原 良章 眞鍋 理一郎
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2009

脳機能の左右差はヒトではよく知られているが、その分子的基盤は、ほとんど分かっていない。また、マウスを用いた左右差の分子基盤を探る実験でも、神経伝達物質受容体の定量等のボトム・アップ的アプローチによるものが殆どである。さらに、体軸を形成する遺伝子のスクリーニングは数多いが、それらはすべて動物の初期発生期に誘導される分子に限られており、成熟した個体に対する徹底した遺伝子の網羅的スクリーニング皆無であった。哺乳類左右脳の遺伝子発現の違いを解明するために、平成21年度に収集した成獣ラット海馬CA3領域サンプルを次世代DNAシークエンサーを利用して遺伝子解析を行った。まず、収集された左右の海馬CA3サンプルより、short RNAライブラリを調製した。ライブラリ調整には理化学研究所オミックス基盤領域(鶴見)で開発されたLNAを用いてアダプターダイマーを除去する最新式のプロトコルを採用した。その結果、1サンプルあたり、約1000万タグ、左右合計6サンプルのshort RNAのシークエンシングに成功した。シークエンスされたshort RNAの中、約9割がmiRBase15に登録されているmicro RNAであった。micmoRNAの発現で際立った左右差が認められるものは殆ど無かった。また残る1割においては、バイオインフォマティック的手法により新規microRNA解析を行ったところ十数種類の新規microRNA候補遺伝子が見付かった。新規microRNA候補遺伝子の中から発現(タグ数)が高い2つの遺伝子の発現をin situ hybridization法を用いて確認した。新規microRNA候補遺伝子でも左右発現差が顕著な物は皆無であった。