著者
荒木 慎一郎
出版者
長崎純心大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究は教育基本法の教育目的観を、その立案者である田中耕太郎の人格概念に遡って明らかにすることを目的とした。本研究の結果として、先行研究に加えられた知見は次の三点である。第一は田中の教育目的観の出発点が、東京帝国大学法学部長として新入生歓迎講話で述べた人間・政治の究極目的としての「道徳的人格の完成」にあることを明らかにしたことである。第二に、田中の「道徳的人格の完成」に至るまでの思想の変遷を、とくに田中の青年期から出発して、跡づけたことである。田中の青年期の思想をこれまで一般に知られてこなかった二資料、大学時代に友人と翻訳出版した『生ひ立ちの記』、および無教会主義時代に内村鑑三のもとで行った講演「律法の成就」を用いて明らかにしたことはその成果の一端である。第三に、研究の最大の成果は、田中の人格概念がフランスのトマス主義哲学者、ジャック・マリタンの人格理論に大きく依拠していることを実証的かつ論理的に明らかにすることができた点にある。第二次大戦以前から戦後文部大臣を辞任するまで、田中は公に一度もマリタンの名前に言及したことがなく、これまで、教育基本法制定以前の田中とマリタンの関係を主張するには、戦後に書かれた田中の回想、状況証拠および両者の思想の内的関連に基づくよりほかなかった。本研究の結果、フランス・コルプスハイムにあるマリタンの研究センターに、1931年に田中からマリタンに宛てられた手紙が保存されていることが判明した。この手紙には田中がマリタンを知るに至った経緯、マリタンに対する評価、カトリシズムの思想家田中の抱負などが記されており、マリタンの人格理論が田中に与えた影響を実証的に明らかにする上で最大の根拠となった。