著者
菊地 デイル万次郎
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.55, 2022 (Released:2022-04-11)
参考文献数
37

バイオメカニクスは生物の形態や運動を力学的に分析する学問である。生物の行動は小さな動きの積み重ねであり、力学的な制約のもとで形成される生物の形態と運動はエネルギー収支を介して適応度にまで影響する。これまでバイオメカニクスは生物の機構を力学的に探求することで、生物の運動における普遍的な原理や機能の発見を遂げてきた。一方で、バイオメカニクスは境界領域であるためか、“孤立した学問”になりやすいことが指摘されている。このような状況を打破するには、生態学の研究テーマにも取り組むことで、より広範な問いに答えていくことが必要であろう。近年は、形態や運動の機能と制約のトレードオフ関係を分析することで、進化についても理解を深めようとするアプローチが提唱されている。こうした新しいアプローチに加え、隣接した分野の研究者とも連携していくことでバイオメカニクスは生態学の一分野として発展していくだろう。本論では代表的な研究を紹介しながら、バイオメカニクスが生態学分野にどのように貢献してきたのかを考察する。
著者
吉田 誠 阿部 貴晃 菊地 デイル万次郎 木下 千尋 中村 乙水
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.95, 2022 (Released:2022-04-11)
参考文献数
106

飛翔および遊泳する動物にとって、移動時のエネルギーコストを低く抑えることは重要である。移動コストは、ある地点から別地点に到達するまでに必要な運動コストと、移動中に体内の恒常性維持のため消費される代謝コストからなる。代謝コストは移動時間に比例して増加するため、運動コストと代謝コストの間には移動時間を介したトレードオフが生じる。温度環境に応じて代謝コストが変動する外温動物の場合、自身の適温範囲外に滞在できる時間は限られ、こうした制約(体内と体外における環境差)も動物の移動範囲を規定する要因となる。近年、バイオロギングやバイオメカニクス分野の発展により、野外で暮らす動物の移動コストが、動物自身の形態や移動様式により巧妙に低減されている様子がわかってきた。多くの水生動物に見られる抵抗の少ない形状や、流体中における特徴的な移動方法は、個体が移動する際に生じる抵抗を抑え、運動コストを低減する。野外で観察される様々な動物の移動パターンは、運動コストと代謝コストの和(cost of transport)を最少化するような理論的予測とよく一致する。本稿ならびに本特集で紹介してきた、エネルギーコストを指標として、動物の行動を捉え直す試みは、動物の形態や、様々な時空間スケールで繰り広げられる個体の移動様式を統一的に理解し、変わりゆく環境下に置かれる動物個体群の将来を予測する有用なアプローチとなるだろう。