著者
吉田 誠 阿部 貴晃 菊地 デイル万次郎 木下 千尋 中村 乙水
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.95, 2022 (Released:2022-04-11)
参考文献数
106

飛翔および遊泳する動物にとって、移動時のエネルギーコストを低く抑えることは重要である。移動コストは、ある地点から別地点に到達するまでに必要な運動コストと、移動中に体内の恒常性維持のため消費される代謝コストからなる。代謝コストは移動時間に比例して増加するため、運動コストと代謝コストの間には移動時間を介したトレードオフが生じる。温度環境に応じて代謝コストが変動する外温動物の場合、自身の適温範囲外に滞在できる時間は限られ、こうした制約(体内と体外における環境差)も動物の移動範囲を規定する要因となる。近年、バイオロギングやバイオメカニクス分野の発展により、野外で暮らす動物の移動コストが、動物自身の形態や移動様式により巧妙に低減されている様子がわかってきた。多くの水生動物に見られる抵抗の少ない形状や、流体中における特徴的な移動方法は、個体が移動する際に生じる抵抗を抑え、運動コストを低減する。野外で観察される様々な動物の移動パターンは、運動コストと代謝コストの和(cost of transport)を最少化するような理論的予測とよく一致する。本稿ならびに本特集で紹介してきた、エネルギーコストを指標として、動物の行動を捉え直す試みは、動物の形態や、様々な時空間スケールで繰り広げられる個体の移動様式を統一的に理解し、変わりゆく環境下に置かれる動物個体群の将来を予測する有用なアプローチとなるだろう。
著者
阿部 貴晃
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.73, 2022 (Released:2022-04-11)
参考文献数
43

温度は代謝速度に大きな影響を与え、代謝速度は動物の活動性と密接に関係する。哺乳類や鳥類のような内温動物は熱産生による体温保持機構によって、高い代謝速度と活動性を維持する戦略をとる。一方で、体温が外部の熱源に依存する外温動物では、活動性を上げるために、爬虫類の日光浴にみられるような体温調節をおこなう。つまり、外温動物は、適切な体温、適切な代謝速度を行動によって調節するという戦略をとる。ただ、そのような行動的な代謝調節は、1日規模の時空間スケールでの温度環境の変化に対しては有用であるが、季節変動のように大きな時空間スケールでの変化に対しては意味をなさない。外温動物は季節変動によって1日の平均的な体温が変わっても、代謝速度を変えることで自身の好適な温度を調節する機構を備えている。本論文では魚類にみられる行動的、生理的な応答の例としてサケ科魚類に焦点を当てる。サケ科魚類の多くが母川回帰性を有し、河川や支流単位で集団が分かれる。サケ科魚類は冷水性かつ狭温性であるとされるが、経験する水温環境は集団の違いに応じて多様であり、自然環境下における魚類の温度適応の題材として用いられてきた。本論文では、代謝速度計測によってみえてきた魚類の温度適応の実態を概説し、その生態的意義を議論する。