著者
菊川 美代子
出版者
基督教研究会
雑誌
基督教研究 (ISSN:03873080)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.57-74, 2009-12

矢内原忠雄はこれまで絶対非戦論者と考えられてきたが、実際には義戦(正戦)論者であった。矢内原は、弱者の権利を強者の侵害、圧迫から防衛することを正義とし、そのような正義の不履行を最上位の罪悪と考えた。そのため、正義が蹂躙される場合には、地上における相対的な善として、悲しむべき必要悪としての戦争を認めた。そして、矢内原の言説には、戦争による犠牲の死を正当化する要素が含まれているという問題点があり、そこに彼の神学の限界が存在した。論文(Article)
著者
菊川 美代子
出版者
同志社大学
雑誌
基督教研究 (ISSN:03873080)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.91-104, 2011-12

論文(Article)矢内原忠雄(1893-1961)は、無教会主義の創始者である内村鑑三の弟子である。これまでの神学における先行研究では、内村や矢内原の「日本的基督教」構想を分析することで、国家に対して無批判に迎合せず、批判的な距離を保つことのできるキリスト教土着化の望ましいあり方が探られてきた。しかし、本稿では矢内原のそのような「日本的基督教」を分析し、一見超国家的なものとして意識されている、キリスト教という「世界宗教」が、実はいかに国家に根ざしたものであったのかということを明らかにする。Tadao Yanaihara was a disciple of Kanzō Uchimura who founded the Non-Church Movement. In subsequent studies of theology, Uchimura and Yanaihara's "Japanese Christianity" was studied as one of the best hints on how to indigenize Christianity in Japan without justifying a state without any check on its power and on how to keep an appropriate distance from state. Therefore, I analyze the term "Japanese Christianity" and consider how Yanaihara was able to take "Japan" as an object of theology. However I want to prove that Christianity, regarded as one of the world's great religions and super-national, actually arises thorough studying of his idea of "Japanese Christianity."