著者
虫賀 幹華
出版者
JAPANESE ASSOCIATION FOR SOUTH ASIAN STUDIES
雑誌
南アジア研究 (ISSN:09155643)
巻号頁・発行日
vol.2014, no.26, pp.7-25, 2014

古代インドの祖先祭祀として理解されるシュラーッダおよび同儀礼で祀られるピトリたち<i>pitaraḥ</i>はそれぞれ「祖霊祭」「祖霊」と訳されてきたが、それらの概念が十分に考察されているとは言いがたい。本稿では、紀元前3世紀から後3世紀頃にかけて編纂されたスートラ文献およびその補遺文献のうち、シュラーッダに関する記述を収録している28のサンスクリット語文献を選び、祖霊という語で曖昧にされてきたシュラーッダの対象を具体的に提示した。時代が下るにつれ、「ピトリたち」すなわち〈父・父方の祖父・父方の曾祖父〉だけでなく、彼らの〈妻たち(母・父方の祖母・父方の曾祖母)〉、〈母方の祖父たちとその妻たち(母方の祖父母・母方の曾祖父母・母方の高祖父母)〉も祭祀対象として規定されたことが明らかとなった。本稿の後半では、母方親族への祭祀の発展過程を示し、それと「指定女の息子<i>putrikāputra</i>」の義務との関連性を仮説的に提示した。
著者
虫賀 幹華
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.95, no.1, pp.49-73, 2021 (Released:2021-09-30)

北インドのヒンドゥーの聖地ガヤーで行われる祖霊祭では、「男性・女性たちのための十六」という死者の救済のためのマントラが唱えられる。本論文は『ガヤーマーハートミヤ』(十―十一世紀頃)に掲載される同マントラを和訳した上で、これを池上良正が論じるところの「無主/無遮」の両側面を含む無縁供養であるとみて分析するものである。同マントラで供養の対象となるのは、「まつり手がいない(無主)」ことあるいは異常死を理由として葬儀が執行されないことによる苦しむ死者、生前の悪行が原因で生まれ変わり先で苦しむ死者、親族を超えた非常に広範囲の祭主の「縁者」たる死者である。異常死者や転生先で苦しむ死者と祭主との関係性の不問、輪廻思想による時空を超える対象の広がり、言葉を尽くした祭主との関係性の描写といった、このマントラなりの「一切衆生への平等な(無遮)」供養のあり方にも注目する。
著者
虫賀 幹華
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.95, no.1, pp.49-73, 2021

<p>北インドのヒンドゥーの聖地ガヤーで行われる祖霊祭では、「男性・女性たちのための十六」という死者の救済のためのマントラが唱えられる。本論文は『ガヤーマーハートミヤ』(十―十一世紀頃)に掲載される同マントラを和訳した上で、これを池上良正が論じるところの「無主/無遮」の両側面を含む無縁供養であるとみて分析するものである。同マントラで供養の対象となるのは、「まつり手がいない(無主)」ことあるいは異常死を理由として葬儀が執行されないことによる苦しむ死者、生前の悪行が原因で生まれ変わり先で苦しむ死者、親族を超えた非常に広範囲の祭主の「縁者」たる死者である。異常死者や転生先で苦しむ死者と祭主との関係性の不問、輪廻思想による時空を超える対象の広がり、言葉を尽くした祭主との関係性の描写といった、このマントラなりの「一切衆生への平等な(無遮)」供養のあり方にも注目する。</p>