著者
吉川 泰弘 久和 茂 中山 裕之 局 博一 西原 眞杉 寺尾 恵治 土井 邦雄
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2002

研究目的:内分泌撹乱化学物質の神経発達に対する影響の研究は比較的新しく、まだ遺伝子レベルや個体レベルの影響評価がランダムに報告されているに過ぎない。特にげっ歯類から霊長類にわたる一貫性のあるリスク評価研究はほとんど行われていない。本研究ではラット、サル類、チンパンジーの個体を用いて環境化学物質代謝のヒトへの外挿を行う。またラット胎児、げっ歯類・霊長類の神経培養、マウス・サル類のES細胞などを用いて、さまざまなレベルで環境化学物質の影響を解析する。高等動物の比較生物学を得意とする獣医学領域の研究者が研究成果を帰納的に統合しヒトへの外挿を行い、内分泌撹乱化学物質の神経発達に対するリスク評価をすることを目的とした。研究の経過と成果ラットを用いたビスフェノールA(BPA),ノニルフェノールなどのエストロゲン様作用物質、及び神経発達に必須の甲状腺ホルモンを阻害するポリ塩化ビフェニール(PCB),チアマゾール、アミオダロンなどをもちいて神経発達への影響を評価した。主として神経行動学的評価を中心にリスク評価を行い、その結果を公表した。また齧歯類を用いた評価を行うとともにヒトに近縁なサル類も対象に研究を進めた。その結果、(1)齧歯類は神経回路が極めて未熟な状態で生まれるのに対し、霊長類の神経系は胎児期に充分に発達すること、(2)BPAや甲状腺ホルモンの代謝が齧歯類とサル類では著しく異なること、(3)妊娠のステージにより、BPAの胎児移行・中枢神経への暴露量が異なることが明らかになり、齧歯類のデータを単純に、ヒトを含む霊長類に外挿することは危険であることが示唆された。サル類を用いたリスク評価ではアカゲザルでダイオキシン投与により、新生児の社会行動に異常が見られること、BPA投与では暴露された次世代オスのみがメスの行動を示す、いわゆる性同一性障害のような行動を示すこと、甲状腺ホルモンの阻害作用を示すチアマゾールでは著しい神経細胞の減少と分化の遅延が起こること、PCBの高濃度暴露個体から生まれた次世代では高次認知機能に低下傾向が見られることなどの、新しい研究結果を得た。