- 著者
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西山 教行
- 出版者
- 日本歴史言語学会
- 雑誌
- 歴史言語学 (ISSN:21874859)
- 巻号頁・発行日
- vol.12, pp.161-169, 2023-12-27 (Released:2024-04-15)
フランスはヨーロッパ諸国の中でも比較的早い時期に言語整備を行い,1635年に
リシュリューによって設立されたアカデミーフランセーズはフランス語の標準化に
重要な役割を果たした。アカデミーフランセーズは辞書,文法書,修辞学,詩学の
編集を通じてフランス語の純化と整備をめざしていた。辞書の編集は現在にいたる
まで継続しているものの,文法書は1932年にいちど限り刊行され,また他の著作に
ついてはひとたびも刊行されていない。
アカデミーフランセーズの辞書は1693年に刊行されたが,その重要な目的は「ひ
とつのフランス語」を提示し,フランス語の顕彰を通じて国王の威信をヨーロッパ
諸国に誇示することであった。そこでのフランス語の規範は宮廷や上流社会の「良
き慣用」に基づくもので,古典主義文化のオネットオムに向けられていた。
このフランス語は時代とともに変化し,アカデミーフランセーズの辞書も科学技
術用語などを取り入れていた。ところが大革命のただなかで刊行された第 5 版はフ
ランス語の標準化にもまして,革命イデオロギーや革命の生み出した新語の表明に
専念し,また王政廃止後の共和国市民へ向けたフランス語の整備を標榜している。
19世紀以降,アカデミーフランセーズはイデオロギー装置としての第 5 版を否認し
たが,革命の生み出した社会現象を表現する新語はその後の言語生活に統合されて
いった。
20世紀におけるフランス語の標準化は政府機関によっても実施され,法制上の規
定を伴っているのに対し,アカデミーフランセーズの辞書は言語法ではなく,機関
の権威や威信を根拠とするもので,公的な文化機関としてフランス語への介入を実
施しており,これが統制されたフランス語の表象の構築にも貢献している。