著者
齊田 高介 大塚 直輝 小山 優美子 西村 里穂 長谷川 聡 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101218, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】 膝前十字靭帯(以下ACL)損傷は着地やカッティング動作時のknee-in(膝外反)で発生することが多く,この受傷起点には股関節外転筋力の低下が関係していると言われている。またACL損傷は試合の終盤に発生することが多く,疲労がACL損傷の一要因であると考えられている。これらのことから疲労による外転筋の筋力低下がACL損傷に繋がる可能性があると考え,我々は股関節外転の主動作筋である中殿筋に注目した。しかし,これまでの所,中殿筋単独の疲労が動作に及ぼす影響を調査した研究はなく,中殿筋の疲労とACL損傷リスクとの関連は不明である。そこで本研究では,骨格筋電気刺激(以下EMS)装置を用いて中殿筋を選択的に疲労させ,その前後での片脚着地動作の変化を調査した。本研究の目的は,中殿筋の選択的な疲労が片脚着地動作に及ぼす影響を検討することである。【方法】 対象は健常男性8名(年齢20.9±1.9歳)とし,利き脚(ボールを蹴る脚と定義)側を測定肢とした。まず疲労課題としてEMS装置(ホーマーイオン社製,AUTO TENS PRO)を用い,最初の10分間は痛みを感じない強度で,その後の20分間は耐えられうる最大強度で中殿筋に対して電気刺激を実施した。中殿筋の選択的な筋力低下を確認するために,最大等尺性随意収縮(以下MVC)時の股関節外転・屈曲・伸展筋力をEMS前後で測定した。筋力測定には徒手筋力計(酒井医療製,mobie)を用いた。動作課題として30cm台からの利き脚片脚による着地動作を行った。疲労課題の前後で動作課題を3試行ずつ計測し,三次元動作解析装置(VICON社製)と床反力計(KISTLER社製),表面筋電図(Noraxon社製,TeleMyo2400)を用い,運動学的・運動力学的データと筋電図学的データを収集した。筋電図は外側・内側広筋,大腿直筋,外側・内側ハムストリングス,大腿筋膜張筋,大殿筋,中殿筋に貼付した。解析では,着地動作中の利き脚の矢状面,前額面における股・膝・足関節角度および外的関節モーメント,動作中の床反力の鉛直成分を算出した。筋電図は50msec毎の二乗平均平方根を算出し,MVC時の値で正規化した。筋電図の解析区間は着地の前後50msec,50~100msecの4区間とし各区間の平均値を求めた。各関節角度,外的関節モーメントの解析には着地時点,床反力最大時点,最大膝関節屈曲時点での値を用いた。床反力鉛直成分と股関節外転筋力の解析には最大値を用いた。各パラメータは3回の試行における平均値を算出した。統計学的処理では,疲労前後での運動学的・運動力学的データ,筋力データを対応のあるt検定,筋電図データをWilcoxonの順位和検定で比較した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には,実験の目的および内容を口頭,書面にて説明し,研究参加への同意を得た。【結果】 EMS後に股関節外転筋力は有意に減少(p<0.05)したが,股関節屈曲・伸展筋力に有意な変化は認められなかった。着地時点では股関節屈曲角度(p<0.05)および膝関節屈曲角度(p<0.01)が有意に増加した。床反力最大時に股関節屈曲モーメント(p<0.05),股関節内転角度(p<0.05)および膝関節屈曲角度(p<0.01)が有意に増加した。最大膝関節屈曲時点では股関節屈曲角度(p<0.01)および膝関節屈曲角度(p<0.01)が有意に増加した。床反力鉛直方向の最大値は有意に増加(p<0.05)した。他の関節モーメントおよび関節角度,筋電図データに有意な変化は認められなかった。 また,有意な差は認められなかったが着地時点の股関節内転角度(効果量r=0.65),床反力最大時点の股関節屈曲角度(効果量r=0.61)および膝関節外反角度(効果量r=0.64)で効果量大が示された。【考察】 疲労課題前後における筋電図データに有意な差はみられなかったが,筋力が有意に低下していることから,股関節外転筋をEMSにより選択的に疲労させられたと考える。疲労課題後の床反力最大時点での股関節内転角度の増加は,中殿筋の筋疲労のため床反力最大時に反対側の骨盤が下降したと考えられる。また有意な差はなかったものの,床反力最大時点の膝関節外反角度の増加は効果量大であり,中殿筋の筋疲労によって股関節が内転し,膝関節が外反方向に誘導されたと考える。 本研究の結果より中殿筋の筋疲労は片脚着地動作時のknee-inを誘導し,ACL損傷のリスクを高める可能性があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 本研究結果より,中殿筋の選択的な疲労によって着地時のACL損傷リスクが高まる可能性があることが示唆された。これはACL損傷の発生機序を解明する一助となると考えられる。