著者
近内 トク子
出版者
山野美容芸術短期大学
雑誌
山野研究紀要 (ISSN:09196323)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.59-70, 1995-03-25

Shakespeareは,習作時代が終わる頃,つまり1590年代の中葉頃から,自然に対して,極めて鋭い解釈を喜劇で披瀝するようになった。特に自然についての言及が多いのは,Love's Labour's LostやA Midsummer Night's Dreamである。また喜劇ではないが,同時期に制作されたRomeo and Julietにも,注目すべき言及がある。これ等の作品では,恋愛を自然の理法の現れ,宇宙の生成の一部と見なす記述が見られる。このような見解は,いわゆるfestive comediesとかromantic comediesと呼ばれる中期の傑作喜劇群にまで及ぶ。だが,自然に対する鋭い言及が,特に多く目立つのは,上記の三作品である。Shakespeareの自然観は,先ず1590年代の前半に書かれた詩作品,Venus and AdonisやThe Sonnetsの中のmarriage sonnetsと呼ばれる1番から17番までのソネットなどで力強く歌われている。Venus and Adonisでは,愛の女神Venusの口から,愛と生殖本能が永遠の生命につながる絆とし肯定的に語られている。また,ソネットの中では,自然はなによりも,身分の高い友人の青春の美として表現されている。しかし,他方,自然はいつ人を訪れるか分からない「時の大鎌」,すなわち死としても表現されている。喜劇Love's Labour's Lostでは,恋愛が避けようとしても逃れられない自然の摂理,人間の愚行として描かれ,作品に笑いを与えている。この作品の最後には,フランス王の死が報ぜられる。そして,春,青春,生に対する冬,老令,死がdebate(論争歌)の形で歌われる。A Midsummer Night's Dreamでは,皮肉な視点はさらに深化して,恋を人間の愚行と捉えるばかりでなく,狂気の一種と見る視点が導入されている。またこの作品では,恋愛とその成就が自然の摂理,あるいは人間の力を超えた自然の魔法と捉える描写も見られる。この作品には妖精が登場するが,彼等は,いわば見えないはずの自然の魔法が,顕在化した姿である。
著者
近内 トク子
出版者
学校法人 山野学苑 山野美容芸術短期大学
雑誌
山野研究紀要 (ISSN:09196323)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.53-65, 1998-03-25 (Released:2019-06-10)

1992年2月に私は「シルフェ」誌上に,「愛の奇跡」-The Phoenix and the Turtle-と題する論文を発表した。当時はまだこの作品に対する本格的論評が少なく,資料も手にすることが難しかった。最近になって,この作品に対する関心が高まり,本格的な批評も見られるようになって来た。これら新しい批評を手に入れることができるようになった今,もう一度The Phoenix and the Turtleを読み直し,作品に新しい光を当ててみたい。
著者
近内 トク子
出版者
山野美容芸術短期大学
雑誌
山野研究紀要 (ISSN:09196323)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.37-48, 1996-03-25

Shakespeareは,劇作家としてデビューした直後に若い貴族をパトロンとして仰ぐ幸運に恵まれた。二人の間には身分の違いを越えた交友関係が生まれたようである。ルネッサンス期における男性同士の友人愛は,彼の初期喜劇The Two Gentlemen of Veronaにも描かれているように,一切の価値に優先する聖なる絆であった。Shakespeare's Sonnetsは謎の多い作品である。作品が誰に捧げられ,歌われているライバル詩人が誰か,また詩人が愛した黒髪の婦人は誰か,という疑問が解決に到っていないからである。作品の構成は,6分の5が友人である美貌の貴公子を歌ったソネットで,残りの6分の1が上に述べた黒髪の婦人を歌ったソネットである。1番から17番ソネットでは,貴公子の美貌とその若さが讃美され,美と青春を失なう前に結婚し,子孫を儲けなさいという,結婚の薦めになっている。二人の交友が深まっていく間に,詩人が全く予想しなかった事が起こる。黒髪の婦人が貴公子を誘惑したのである。この事件が元で二人の交友関係にひびが入り,やがて二人は別れる。美貌の友人は,詩人にとってライバル関係にある文人達とつき合うようになる。だが二人の関係は後に修復され,交友関係は甦る。作品の前半は友人讃美が中心であるが,その裏には当時猛威をふるっていたペストの流行から来る「破滅の時」への警告と,「時の猛威」にも勝利する「ペンの力」が歌われている。作品の後半は友人と別れた詩人の嘆きと怨みが歌われている。しかし作品の最後では,友人と和解した詩人が,貴公子から得たものの大きさを見直し,友人の大きな愛を認め,変わらない愛こそ永遠に生きると,愛の絶唱を歌う。
著者
近内 トク子
出版者
山野美容芸術短期大学
雑誌
山野研究紀要 (ISSN:09196323)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.35-44, 1993-03-25

Shakespeareは作家として出発した初期の一時期に,ペストの大流行に出会った。1592年から1594年のことのことであった。この間,劇場はこの疫病のため閉鎖されたままであった。この疫病の流行の時期に,彼は詩集を二編,すなわちVenus and AdonisとThe Rape of Lucreceを書き上げ,出版した。この時期に彼は,The Sonnetsの最初の部分も仕上げたと考えられる。Venus and Adonisは1593年,The Rape of Lucreceは1594年に出版されているが,この二つの詩集は両方ともSouthampton伯に献呈された。彼はThe Sonnetsの美しい貴公子に当る人物と考えられる。Venus and AdonisはThe Sonnetsの中の最初の17篇,つまり貴公子に詩人が結婚をすすめた部分と極めて共通している。似た表現が見られるだけでなく,同じテーマや同じ意図が込められている。この論文は,Venus and AdonisとThe Sonnetsの最初の17篇との間の類似性と,テーマの同一性を検討する。結論として,Venus and Adonisは17篇の結婚ソネットと同様,美しい貴公子に,疫病に打ち勝つため早く結婚して子孫をもうけなさいとすすめる詩である。詩人は若い貴公子が,子孫をもうけることで,その生命が永遠に続くことを願って歌っている。
著者
近内 トク子
出版者
山野美容芸術短期大学
雑誌
山野研究紀要 (ISSN:09196323)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.19-31, 1999-02-25

Shakespeareはその生涯に,40篇近い劇作品を書いたが,喜劇,悲劇,歴史劇とジャンルの違いはあっても,どの作品にも皮肉な視点が組み込まれている。"Gentle Shakespeare"と称された詩人であるが,作品の中には必ずピリッと辛いわさびが効かしてあった。しかしこの工夫が,彼の作品を一筋縄では片付けられない,面白いものにしているのである。彼の悲劇作品では,詩人は劇的アイロニイを追求した。Richard IIIは歴史劇であるが,さまざまな劇的アイロニイが描かれている。劇的アイロニイは,悲劇的アイロニイと呼ばれることもある。劇的アイロニイの最も典型的な例は,他人事と思って発言したことが,自分自身の身に跳ね返ってくる皮肉な運命を言う。例えばRichard IIIの中のHastings公は,Richard王の誘導尋問にかかって,王に魔法をかけた者がいるなら,誰であろうと死刑にすべきだと答える。王はHastingsを魔法使の仲間だと言って,即刻死刑にすることを要求する。暴君Richard王ならではの行為である。この他Richard IIIには,Richard王自身にまつわる究極のアイロニイとも言える,運命の皮肉が作品の中に用意されている。