著者
近藤 祐磨
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.94, no.5, pp.291-312, 2021-09-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
49
被引用文献数
4

本稿は,基礎自治体の範囲を越えた3つの市民・住民団体が,身近な海岸林を保全する複数の住民団体を包摂したネットワークを各々形成した過程と意義を,環境運動における空間スケール戦略に着目して検討した.その結果,ネットワーク形成を主導する団体は,行政と協調的・補完的な関係ではあるが,同時に行政に対する不満を抱き,活動地域・内容の拡大や,逆に特定地域に限定した活動の集約化といった戦略によって,行政の政策に影響を与えうる独自性を発揮していた.一方で,ネットワークに参加する住民団体は,ネットワーク形成を主導する団体との利害や従前の関係性を考慮して,ネットワークへの関わり方を戦略的に選択していた.本事例からは,ローカルの内部でもさらにスケールが重層化してスケール戦略が展開される実態が浮き彫りとなり,環境運動・環境ガバナンスの研究において,ミクロレベルでのスケールの変容にも着目する重要性が示された.
著者
近藤 祐磨
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

Ⅰ 問題の所在と研究目的<br> 昨今の環境保全運動の高まりとともに,環境保全運動を対象とした研究もさまざまな学問領域で蓄積されつつある.しかし,社会化された自然という観点からの研究は少ない.環境保全研究における地理学の独自性は,英語圏で展開されていて社会化された自然を主題とする「自然の地理学」研究から示唆を得ることができる.そこで,本研究は,福岡県糸島市における2つの海岸林保全運動を事例として,海岸林がいかにして「保全すべきもの」として見出されたのか,保全運動がいかなる主体間関係の構築によって展開されたのかを明らかにする.<br>Ⅱ 深江の浜における海岸林保全運動<br> 糸島市二丈深江地区では,「深江の浜」を保全対象とする「深江の自然と環境を守る会」が2011年4月に発足し,地域住民を主体とした保全運動が実践されている.<br> 保全運動は,行政が始めた地域活動への人的・財政的支援制度が契機で始まった.2012年5月には,市民・企業・行政が連携した大規模な環境美化活動の一環として,市との共催で活動が実施され,校区内の小中学校や事業所が活動に積極的に参加するようになったり,活動内容も増えたりと,運動が拡大した.校区内のさまざまな主体が次々と加わって,地域的な社会運動に発展しているといえる.<br> 同団体は海岸林を郷土の誇りであり,防風・防砂機能を果たすものだと意味づけており,校区住民の世代間交流を図りながら保全運動を行うことを目指している.<br>Ⅲ 幣の浜における海岸林保全運動<br> 糸島市志摩芥屋地区では,市を象徴する海岸林「幣の浜」を保全対象とする「里浜つなぎ隊」が2013年2月に結成され,移住者や外部者を主体とした保全運動が実践されている.<br> 保全運動は,福島第一原発事故で東京から移住した元新聞記者の女性が,2012年秋のマツ枯れ被害に衝撃を受けたことが契機で始まった.女性は,相談相手であった近隣の移住者(大学教員)の仲介と,公私にわたる交友関係を生かして,研究者や専門家,政治家・市職員との人的ネットワークを急速に拡大させ,大規模な運動を展開している.<br> 活動には,計画中も含めて,①市民参加型のイベントを主催して広く参加を募るものと,②既存の海岸林保全策とは異なる方法を提示するものがある.①は,マツ枯れの拡大を防ぐための枝拾い活動,②は,環境系NPO法人から影響を受けて,マツ枯れの主たる原因をめぐる論争(森林病害虫説と大気汚染説)のうち大気汚染説に立脚した,土壌の酸性化を中和させるための炭撒き活動である.<br> 同団体は,国によるマツ枯れ防止の薬剤散布を絶対視する地元住民の風潮と,薬剤の子どもに対する健康上の影響に疑念を抱いている.同団体は空間一帯を新しいコモンズのモデルを創出する場と意味づけており,薬剤散布によらない市民主導の海岸林保全と,マツ林にこだわらない新たな海岸の創成を目指している.しかし,市を象徴する白砂青松の復活を目指すメディアや民間企業から,マツ林復活に取り組む団体と誤解されている節がある.<br>Ⅳ 主体による認識と実践の多様性<br> 本研究から,海岸林保全運動において,対象となる環境への社会的な意味づけが,同じ環境を共有する地域内でも主体によって多様であることが判明した.また,保全運動が起きている複数の事例間でも内部の様相は異なるため,特定地域内部における意味づけの多様性と地域ごとの特殊性が,環境保全運動をめぐる状況をきわめて複雑なものにしている.海岸林保全運動の契機・主体・意味づけのいずれもが多様で複雑である.<br> しかし,本研究ですべての主体の意味づけが具体的に明らかになったわけではない.とくに保全運動の中核を担っていない一般住民による意味づけの量的な研究や,玄界灘地域全体での海岸林保全運動がリージョナルにどのような影響を与えているのかについての研究が今後の課題である.
著者
近藤 祐磨
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.4, pp.386-399, 2015-07-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
31
被引用文献数
1

本稿では福岡県糸島市の二つの地区における海岸林保全団体を取り上げ,人工的に作られて維持・管理されてきた海岸林において,保全活動がどのように始まり展開してきたのかを,主体間ネットワークや活動理念に注目しながら比較検討した.地域行政の事業を契機として保全活動を始めた団体は,既存の地域共同体を基盤とした体制的な性質を持続させ,地域内の主体との連携を強めながら属地的な理念で活動している.一方,行政のマツ枯れ対策事業に対して懐疑的な立場の人々が始めたオルタナティブな保全活動の団体は,地域外の理念の近い主体と人的な連携を強め,普遍的な理念に基づいて活動している.しかし,かつての対抗的な運動とは異なり,問題意識を共有できる部分では理念の異なる行政などの主体とも連携する戦略的な行動を選択する点では,体制的な活動が支配的な今日の環境保全活動の状況において注目される.