著者
牛垣 雄矢
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.4, pp.383-396, 2012-07-01 (Released:2017-11-03)
参考文献数
26
被引用文献数
1

本研究では,同業種型商業集積地の形成と変容について,東京都秋葉原地区を対象に考察した.秋葉原地区は,第二次世界大戦後,周辺地域に比べ相対的に地価が安いことで電気関係の店舗が集積した.その後,取扱商品の中心がパソコンからアニメ関係商品へと変化する際は,老舗電気店の果たす役割が大きかった.両業種ともさらに集積が進む段階になると,多くの新規店が出店し,駅前や表通りに進出する商店も現れた.主にパソコン関係店の場合は初期に開業した商店が,アニメ関係店の場合は近年に開業した商店が駅前へ立地した.アニメ関係の新規店は駅前や表通りへの進出が早く,地域にもたらした変化も大きい.また,アクセスが不便な雑居ビルの上層階にもアニメ関係店やメイド喫茶などが入居し,地価が安い裏通りの雑居ビルにも多くの店舗が入居している.これらにより,秋葉原地区は小規模な店舗が集積する商業集積地としての性格を維持している.
著者
谷 謙二
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.4, pp.324-341, 2012-07-01 (Released:2017-11-03)
参考文献数
38

本研究では,これまで十分な検討がなされてこなかった1940年代の国内人口移動の動向に関して,当時行われた人口調査と臨時国勢調査を使用してその動向を明らかにした.これらの調査は調査日が異なるものの,年齢が各歳の数え年で表章されており,コーホート分析が可能である.まず1944年時点では,兵役の影響で男子青壮年人口が極端に少ない特異な年齢構成を示す.都市部では若年男子人口が集積したが,その傾向は軍需産業の立地動向に影響を受けていた.終戦をはさむ1944~1945年にかけては,男子の兵役に関わる年齢層を除き,全年齢層にわたって都市部からの大規模な人口分散が起こった.大部分の人員疎開は縁故疎開であり,疎開先は戦前の人口移動の影響を受けた還流移動のかたちをとった.1945~1947年にかけての東京都と大阪府での人口回復は限定的で,疎開先にとどまった者が多い.その結果,東京都と大阪府では終戦をはさんで居住者がかなりの程度入れ替わった.
著者
根元 裕樹 中山 大地 松山 洋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.6, pp.553-571, 2011-11-01 (Released:2016-09-29)
参考文献数
15
被引用文献数
3

山梨県甲府盆地の西部,釜無川と御勅使川の合流部付近には信玄堤と呼ばれる治水施設群がある.信玄堤に関する歴史的研究では,近世以降に築かれた可能性や,自然に起こった流路変遷を固定化するための工事であるという見解が示されてきた.しかしながら,自然科学的研究は少ないため,本研究では洪水氾濫シミュレーションを行って,これらの治水能力を再評価した.現在の地形をスムージングした地形に各施設(石積出,白根将棋頭,竜岡将棋頭,堀切,竜王川除,かすみ堤)を配置し,dynamic wave model による御勅使川の洪水氾濫シミュレーションを行った.その結果,御勅使川の過去の流路が再現され,各治水施設が及ぼす影響を確認できた.これによると,石積出→白根将棋頭→堀切→高岩(岩壁)→竜王川除という順に設置されなければ,信玄堤は有効に機能しない.つまり,これらの施設は近世より前に短期間のうちに意図的に築かれた可能性が高く,既存の歴史的研究成果とは異なる結果が得られた.
著者
髙橋 品子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.5, pp.442-464, 2009-09-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
62
被引用文献数
1 1

近代八重山の廃村は,そのほとんどがマラリアによる人口減少が原因とされてきた.しかし一方で,マラリア禍の激しかった西表島において500年以上も存続してきた祖納のような集落も存在する.本稿では,近代廃村期(1900年から1938年)を生き延びたマラリア有病地集落共通の特徴を分析し,その集落存続要因を探った.その結果,不明な点の多い伊原間集落を除き,八重山のマラリア有病地存続集落はすべて蔡温施政期以前からの古集落であった.古集落は,良港や湧き水の存在など立地条件がもともと良く,生活基盤がすでに整備されていたため,近世の地元役人による不正な課税に苦しみながらも人口を維持し得たと考えられる.また,近代廃村期における石垣島と西表島の廃村状況およびマラリア罹患率の違いから,マラリア予防対策は西表島の方がより効果があがったことが明らかになった.資料の多く残る西表島の古集落祖納を事例として検討したところ,住民による自発的集落移動や予防事業への全面的協力があった.祖納のような古集落には,人口減少を回避する強い集落内結束があり,こうした人間関係を基にした社会構造が,マラリア禍を緩和し,集落存続のための生存戦略を生む背景となっていたのである.
著者
遠藤 匡俊
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.3, pp.236-258, 2012-05-01 (Released:2017-10-07)
参考文献数
55

幕府は二度にわたり蝦夷地を直轄地として,アイヌの人々の文化を和人風に変えようとした.この同化政策によるアイヌ文化の変容過程については,あまり知られていない.本研究では1799~1801(寛政11~享和元)年のエトロフ島におけるアイヌの和名化と風俗改変の空間的・社会的拡散過程を復元した.1799年にシャナ集落で始まった文化変容の中で,和名化は1800年に,風俗改変は1801年にほぼエトロフ島全体に広がった.1801年に会所や番小屋が設置された集落とその周辺地域では和名化率と風俗改変率はより高く,ロシアとの境界に接するエトロフ島北部では低かった.1800年に和名化したのは主に10歳以下の子供であり,1801年に和名化・風俗改変したのは主に16歳以上の青壮年であった.和名化と風俗改変が生じるかどうかにおいては有力者の動向が下男・下女に影響力をもっていた.
著者
佐藤 善輝 藤原 治 小野 映介 海津 正倫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.3, pp.258-273, 2011-05-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
29
被引用文献数
6 5

浜名湖沿岸の六間川低地および都田川低地で掘削調査と既存ボーリングデータの収集を行い,沖積層の層相・貝化石・珪藻化石分析・電気伝導度測定の結果や14C年代測定値に基づいて,完新世中期から後期にかけての堆積環境の変遷を明らかにした.その結果,両低地に共通した環境変化が認められた.すなわち,6,000~7,000 calBP以降は低地の発達に伴って海水の影響が減少する傾向が見られるが,3,500~3,800 calBP頃に汽水~海水環境の再形成や内湾での水位上昇が認められた.このことは,一時的に浜名湖内へ海水が流入しやすくなったことを示す.その後,3,400~3,500 calBP頃に淡水池沼へと急速に変化した.この時期には浜名湖の湖心部でも急速な淡水化が知られており,浜名湖全体で淡水化が進んだことが示唆される.この環境変化は,浜名湖の湖口部を塞ぐように砂州が形成されたために引き起こされた可能性が高い.
著者
根元 裕樹 泉 岳樹 中山 大地 松山 洋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.4, pp.315-337, 2013-07-01 (Released:2017-12-05)
参考文献数
38

1582(天正10)年,岡山県の備中高松で備中高松城水攻めが行われた.近年の研究では,備中高松城の西側の自然堤防を利用した上で基底幅21 m,上幅10 m,高さ7 mの水攻め堤が3 kmにわたって築かれたとされているが,わずか12日間でこの巨大な堤防が本当に築けたのか,その信憑性が疑われている.そこで本研究では,流出解析と氾濫解析を組み合わせた水攻めモデルを開発し,水攻め堤の有無と高さによる複数のシナリオで備中高松城水攻めを再現して,水攻めの条件について考察した.その結果,水攻めには上述したような巨大な堤防は必要なく,足守川からの水の流入,備中高松城西側の自然堤防,それに接続する南側の蛙ヶ鼻周辺の水攻め堤があれば十分であることが示された.また,この結果と史料を考慮すると,蛙ヶ鼻周辺の水攻め堤は,その高さが約3.0 mであったと考えるのが合理的であるという結論に至った.
著者
鎌倉 夏来
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.2, pp.138-156, 2012-03-01 (Released:2017-02-21)
参考文献数
34
被引用文献数
1

本稿の目的は,首都圏近郊の東海道線沿線における大規模工場用地の利用変化と存続工場における研究開発機能の新展開を分析することである.首都圏に古くから立地してきた大規模工場は,特に都心に近接している場合,その多くがすでに閉鎖し,オフィスビルやマンション,商業施設に変化していた.しかしながら,マザー工場として生産機能を維持することで,あるいはまた研究開発機能を強化することで,存続している拠点も存在している.特に2000年代以降の研究開発機能の変化としては,1)製造機能と研究開発機能との近接性を重視した研究開発機能の強化,2)顧客志向の研究開発拠点の増設,3)シナジー効果の創出を目的とした集約型研究開発拠点の新設といった点があげられる.
著者
遠藤 匡俊 土井 宣夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.6, pp.505-521, 2013-11-01 (Released:2017-12-08)
参考文献数
77

1822(文政5)年の有珠山噴火の火砕流・火砕サージにより南麓のアブタ集落が被災したが,死亡者数は明確ではなかった.本研究では,史料を用いて災害の発生過程および被災状況の詳細を復元することで,アイヌの死亡者数を確定し,アブタ集落のアイヌの居住者数と災害時の滞在者数を明らかにした.滞在者数に対する死亡率は非常に高く,火砕流・火砕サージに遭遇した際には生存の可能性が低いことを示した.一方,居住者数に対する死亡率は低かった.当時のアブタ集落は和人の社会経済活動に深く組み込まれた強制部落(強制コタン)として知られてきたが,10月から翌年3月ころにかけて行われていた季節的移動は主体的・自律的な行動であった可能性が高い.被災を免れたのは,多くのアイヌの人々が自らの食糧となるサケ(鮭)を漁獲するためにシリベツ川上流域へ季節的移動をしており不在であったことが一因という解釈を提示した.
著者
加藤 晴美
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.1, pp.22-43, 2011-01-01 (Released:2015-01-16)
参考文献数
56

現在,合掌造りの里として知られる飛騨白川村は,明治・大正期には山奥の別世界とみなされ,大家族制をはじめとする「奇異」な風習が残る地域として認識されていた.本稿では,このような認識が変容し,白川村が「古い文化」を有する貴重な地域として高い評価を獲得していくのはいつ頃であるか,またその背景はいかなるものであったかを検討し,山村が近代日本の中でどのように位置付けられていたのかを考察した.本稿では山村像が変容した時期を昭和戦前期と位置付け,この時期における白川村の生活変容や,当時盛んに行われた郷土研究や観光開発などが,白川村に対する認識の変容に影響を与えたことを明らかにした.白川村はブルーノ・タウトによってその価値が初めて認められたとも言われるが,実際にはタウト以前に始まった日本人郷土研究者らによる認識像の変容が,白川村に対する評価の高まりを導いたと考えられる.
著者
髙根 雄也 日下 博幸 髙木 美彩 岡田 牧 阿部 紫織 永井 徹 冨士 友紀乃 飯塚 悟
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.1, pp.14-37, 2013-01-01 (Released:2017-12-02)
参考文献数
52
被引用文献数
1

これまで調査されてこなかった岐阜県多治見市と愛知県春日井市の暑熱環境の実態を明らかにするため,2010年8月の晴天日に,両市の15地点に気温計を,2地点にアスマン通風乾湿計と黒球温度計をそれぞれ設置し,両市の気温と湿球黒球温度WBGTの実態を調査した.次に,領域気象モデルWRFを用いて気温とWBGTの予測実験を行い,これらの予測に対するWRFモデルの有用性を確認した.最後に,WRFモデルの物理モデルと水平解像度の選択に伴うWBGT予測結果の不確実性の大きさを相互比較するために,物理モデルと水平解像度の感度実験を行った.その結果,選択した物理モデルによって予測値が日中平均で最大8.4°C異なること,特に地表面モデルSLABは観測値の過大評価(6.8°C)をもたらすことが確認された.一方,水平解像度が3 km以下の場合,WBGTの予測値の解像度依存性は日中平均で最大0.5°Cと非常に小さいことが確認された.
著者
森川 洋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.3, pp.167-187, 2009-05-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
20
被引用文献数
2

本稿では,DIDの分布とその人口増減(1980~2005年)および中心地の圏域(通勤圏)とその変化(1985~2000年)の分析に基づいて,都市成長の規模的差異や中核地域とその他の地域との間の地域的差異の存在を明らかにした.今日国土の過半は過疎地域に指定されており,過疎地域の人口減少は中心地の衰退と深く関係するので,都市システムの整備が過疎対策の重要部分を占めるものと考えられる.定住自立圏構想研究会は人口5~10万人の中心都市の振興を提案しているが,これらの都市(中心地)の多くは過疎地域に圏域を伸ばしていない.過疎地域に1万人以上の圏域を持つより小規模な中心地を振興する方が,より効果を発揮することができるであろう.
著者
中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.1, pp.80-103, 2010-01-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
119
被引用文献数
1

「労働の地理学」は,従来の経済地理学が企業や資本の視座に立脚していたことへの反省から,労働者の行為主体性を正当に評価するべきことを主張し,企業や資本の視座から労働者の視座へと,経済地理学のポジショナリティを転換することを目指している.資本によるフレキシブルな労働力の活用は,労働者にとってはリスクとみなされる.エンプロイアビリティは個人に帰すことのできない地理的多様性を持った状況依存的な概念として再認識され,失業や不安定雇用の原因を労働者のスキル不足に求め,労働市場への参入を動機づけようとするワークフェアの概念は,その妥当性を問われることになる.「労働の地理学」において,労働市場は本質的に地理的多様性を持ち,社会的に調整されたアリーナであると認識される.「労働の地理学」は空間スケールを所与のものとみなさず,労働者を含めた諸主体の相互作用によって空間スケールが生み出され,それがより上位/下位の空間スケールと接合している態様を分析するのである.
著者
渡辺 理絵
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.3, pp.248-269, 2010-05-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
56
被引用文献数
1 1

本稿は,近世の農村社会における天然痘の伝播過程について,村落間・村落内・世帯内の三つの空間スケールを設定し,伝播が起きる人々の社会的なつながりや行動様式,習俗などを加味して考察した.1795~1796年,出羽国中津川郷で起きた天然痘流行は罹患者の大半が10歳以下の子どもであった.子どものモビリティの低さから,周囲の村へ急速に天然痘が伝播することはなく,最近隣村への伝播に1ヵ月を要するほど,村落間における伝播速度は緩慢であった.また積雪などの気象条件や農閑期の副業労働は,子どものモビリティに影響を及ぼす伝播の障壁効果となり,農閑期,降雪期の村落間の伝播は一層緩慢であった.村落内の伝播は,子どもの異年齢集団による行動様式を反映し,集団感染に近い特徴を有している.同世帯における兄弟間の発症率も高い.患児を隔離するような天然痘対策を採らなかった当該地域において,収束までに流行開始前における未罹患者の8割以上が罹患し,次の流行を迎えることとなった.
著者
上杉 昌也 浅見 泰司
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.4, pp.345-357, 2011-07-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
25
被引用文献数
1 1

本稿では, 所得格差が広がったとされる1990年代後半以降, 小地域レベルにおいて世帯収入階層による居住分化が進んだかどうかを検証し, その要因や背景について考察した.初めに町丁目単位での所得分布を推定する方法を提示し, 1998年と2003年の東京都大田区を事例にその空間分布を比較した.その結果, 5年間における世帯収入水準は全体的に低下する中で空間的にも居住分化の進展の兆しが見られた.これは持家世帯や単身世帯の居住分化が高まったことに付随するものと考えられるが, 貧困層の空間的隔離が問題視される北米の諸都市と比べればいまだ低い水準である.大田区で居住分化が進んだ要因を居住地移動から分析した結果, 近隣移動が居住分化の進展に寄与している可能性が大きいといえる.他方で大田区では脱工業化を背景として, 地区によっては区外からの流入も含めた短期間で大量の人口流入が居住分化を抑制していることも予想される.
著者
森嶋 俊行
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.4, pp.305-323, 2011-07-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
39

本稿の目的は,近代化産業遺産保存活用の動きが広まる過程を分析することにより,鉱工業都市の脱工業化段階での都市構造や産業構造の再編に対し,中核企業と地域各主体の関係がどう投影されるかを論じることである.具体的な事例として大牟田・荒尾地域における石炭産業関連近代化産業遺産の保存活用運動を挙げ,これを検討した.当該地域における近代化産業遺産保存活用の実践は,産業特性や立地の条件によってもたらされる地域産業構造変化に加え,中核企業の歴史的な起源と地域政策に左右され,中核企業による遊休不動産処分施策に対応するかたちで進行した.保存活用運動に関連する主体は,当初は企業や自治体であったが,後にNPOや地域住民も参加するようになった.これらの主体は,「国家」「地域」「経済」「文化」といった観点から価値を主張するようになった.近代化産業遺産に対するまなざしの変化と多元化は,地域経済の変化とあいまって,保存活用の実践形態の多様化に作用した.
著者
寺床 幸雄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.6, pp.588-603, 2009-11-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
17
被引用文献数
1

本研究では,中山間地域の限界集落における耕作放棄地の拡大とその要因について,各農家の農業経営における意思決定に注目し,背景となる社会変化を踏まえて明らかにした.さらに,中山間地域等直接支払制度の有効性についても検討した.農業経営と土地利用の変化に注目すると,対象地域の農業は二つの時期に区分できた.第1期の1980年代までは,生産調整や機械化にともない,耕地跡への植林が進行した.第2期の1990年代以降においては,主たる農業従事者の引退が発生し,それにともなって耕作放棄地が急速に拡大した.耕地の貸借が行われるようになったものの,耕作放棄を十分に抑制するまでには至っていない.中山間地域等直接支払制度は,農業の持続にある程度の役割を果たしていたが,指定基準の問題など,改善すべき課題も明らかとなった.
著者
田林 明
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.1, pp.1-13, 2013-01-01 (Released:2017-12-02)
参考文献数
42

現代の農村空間は,生産空間としての性格が相対的に低下し,消費空間という性格が強くなっている.この状況を「農村空間の商品化」としてとらえることができる.現代日本における農村空間の商品化を整理すると,(1)農水産物の供給,(2)レクリエーション・観光,(3)都市住民の農村居住,(4)農村の景観・環境の維持と社会・文化の評価を通した生活の質の向上,に類型化することができる.これらの分布は大まかにいって,自然条件の差や大都市からの近接性などによって規定されている.ここでは農村空間の商品化を観光発展に結びつけようとしている栃木県那須地域の事例と,農村資源を保存・育成するエコミュージアム活動が展開する山形県朝日町の事例を取り上げ,商品化する日本の農村空間の具体的な姿と特徴を検討した.日本の農村で現在起きているさまざまな現象を,農村空間の商品化という視点からよく理解することができる.
著者
成瀬 厚
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.5, pp.413-435, 2013-09-01 (Released:2017-12-08)
参考文献数
123

景観研究は多様化している.日本では工学分野を中心に景観は多分野で議論されている.英語圏地理学では,景観の視覚的側面を重視する歴史研究から現代芸術を対象とした動向がある.本稿では,遠近法主義の概念を歴史研究から整理するとともに,現代芸術を対象とした近年の景観研究を整理した.ドイツの画家リヒターに関する美学研究を参照することで,地理学への風景芸術研究の導入線とした.写真を模写するフォト・ペインティングという技法を用い,ぼかしや上塗りを施すことによって,彼の風景画は抽象画とも類似したものとなっている.そうした風景画を制作することによって,リヒターは因襲的な風景芸術をアイロニックに再現し,遠近法に基づく因襲的な見る方法に挑戦しているといえる.