著者
酒井 正樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.26-32, 2012-01-31 (Released:2012-10-17)
参考文献数
8
被引用文献数
3

私は,ながらく岡山大学で教鞭をとり,退職後も現在特命教授として教育に従事している。しかし,それもそろそろ終わりになりつつある。それで,これまで自分がやってきた講義のなかで,学生からよく出た質問や学生が陥りやすい誤りなどについて,書き残しておきたいと思っていた。かって十数年前,私が本誌編集長をしていたとき,大学での講義について,指導方法や教材などを紹介してもらう欄を企画したことがあった。そういうものを復活してもらえないかと考えていた折も折,私たちの学会で教育の向上をはかるための議論がおこってきた。そこで,黒川編集長と相談のうえ,ここに書かせて頂くことになった。
著者
酒井 正樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.76-86, 2012-04-30 (Released:2012-10-17)
参考文献数
7
被引用文献数
2 1

今回は細胞の興奮をとりあげる。興奮とは,生理学では細胞が活動電位を発生することと同義である。生きている細胞は,すべて静止膜電位をもっているが,体をつくる多くの組織細胞,たとえば肝細胞や上皮細胞などは活動電位を発生しない。一方,神経細胞(ニューロン)や筋細胞などは活動電位を発生する。活動電位とは,細胞内電位が一定の値よりも浅くなったとき,それに続く一過性の大きな電位変化のことである。活動電位発生のしくみは,静止電位のしくみを理解しておれば,さほど難しいものではない。しかし,学生には静止電位のときと同じく,知識不足や誤解があり,また誤ったイメージをもっている者がいる。それらは,高校の「生物」によるところが大きく,ぜひ正しておかねばならない。では授業をはじめよう。5つのコラムは,必要のない方にはとばしていただいて結構である。
著者
酒井 正樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.135-150, 2012-09-20 (Released:2012-10-17)
参考文献数
10
被引用文献数
1

今回はニューロンにおける活動電位の伝導をとりあげる。ここでいう伝導とは,軸索起始部で発生した活動電位が,減衰することなく高速で軸索を伝わって行くことである。伝導のしくみについては,活動電位のしくみがわかっておれば,それなりに理解できる。ただし,十分納得しようとすると実はそれほど簡単ではない。それは,伝導には静止電位や活動電位であまり問題にならなかった空間という要素があるからだ。活動電位の発生では,電位変化は球形の細胞膜全域で同時均等に起こっているものとして扱えた。だから,電位の時間的変化だけに注目しておればそれでよかった。また,イオンの電気的作用についてみても,細胞膜を挟んだ近接領域おそらくナノメータ(10–9m)オーダーの範囲でよかった。これに対し,伝導では活動電位の空間的ひろがりを考えねばならない。そのひろがりは,細い軸索の長軸方向に沿ってミリメートルからセンチメートルオーダーにもなる。そして,そのひろがりにおける電位の時間的変化が問題となるのである。このように時間と空間という2つのパラメーターが同居していると,一方のことを考えていると他方のことを無視してしまいやすい。また,伝導においては,電位の変化速度も問題になってくる。さらに,電流の速度と,電流を運ぶ荷電体の速度は別物であるという“電気の常識”も知っておく必要がある。ここでは,前2回の講義を受けているとの前提で話をすすめていくが,一般解説書にあるような事実の紹介はなるべく避けてイメージによる直感的理解をめざす。今回も,コラムについては読みとばしていただいて結構である。
著者
酒井 正樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.243-261, 2012-12-20 (Released:2013-01-22)
参考文献数
19

今回はシナプス伝達をとりあげる。シナプスとは,簡単に言うとニューロンとニューロン,あるいはニューロンと筋細胞や腺細胞とのつなぎ目のことであり,シナプス伝達とは,つなぎ目を越える信号の受け渡しである。これまで,本シリーズ3回の講義を受けた学生にとって,シナプス伝達はとくにむずかしいとは思われない。事象の説明には,活動電位伝導のときのようなモデルや比喩は必要なさそうである。それに高校で生物を学んでおれば,細胞や蛋白質の一般知識が役に立つ。たとえば,シナプス小胞からの伝達物質の放出は,ホルモン分泌で見られる小胞や膜状嚢の開口放出として,また伝達物質が受容体に結合してイオンチャネルが開く機構は,低分子物質と酵素の結合で生じるアロステリックな反応として理解できる。 とはいえ,シナプス伝達のしくみを,個々の実験事実にもとづいて理解しようとするとそれほど容易ではない。まず,第1に実験材料がある。材料にはそれぞれに特徴があり,結果も異なってくる。第2に実験条件がある。シナプスの研究においては,しばしば伝達を減弱させたり,増強させたりする処置がとられる。そのことをよく知っておかねばならない。第3に伝達にかかる時間がある。シナプスでは,きめて短時間に一連の事象が進行するが,それぞれの反応には開始とピークと終了がある。第4に記録部位の問題がある。シナプスで発生した電位は,ニューロンのどこで記録するかによって,その大きさや時間的変化の様子が大きく異なってくる。このことも知っておく必要がある。第5には伝達物質と受容体である。これらは複雑かつ多様であり,正しく覚えておくことはむずかしい。いきおい学ぶ側も教える側も材料や条件は脇へ置いて,結果だけを単純な模式図ですましてしまう。そうすると,シナプスは,たんなるニューロンとニューロンの接続部分で,シナプス伝達は信号の中継にすぎなくなってしまう。しかし,シナプスは,信号の連絡と同時に統合の場であり,学習・記憶の要であり,毒物・薬物の作用部位であり,精神疾患や遺伝病とも深く関わっている。だから,シナプスは正しく理解しておかねばならない。では,講義をはじめよう。
著者
酒井 正樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.26-32, 2012-01-31
参考文献数
8
被引用文献数
3

私は,ながらく岡山大学で教鞭をとり,退職後も現在特命教授として教育に従事している。しかし,それもそろそろ終わりになりつつある。それで,これまで自分がやってきた講義のなかで,学生からよく出た質問や学生が陥りやすい誤りなどについて,書き残しておきたいと思っていた。かって十数年前,私が本誌編集長をしていたとき,大学での講義について,指導方法や教材などを紹介してもらう欄を企画したことがあった。そういうものを復活してもらえないかと考えていた折も折,私たちの学会で教育の向上をはかるための議論がおこってきた。そこで,黒川編集長と相談のうえ,ここに書かせて頂くことになった。