- 著者
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長畑 明利
- 出版者
- 名古屋大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2004
本研究の目的は、T・S・エリオットの詩と詩論を、同時代の詩人や芸術家たちが展開した「抽象」についての言説に照らし合わせて再検討し、また、彼の詩に現れる死者の声の再現の意味をその「抽象」観との関連から明らかにしようとすることであった。このため、エリオットの詩作品、評論および書簡等における「抽象」および「死」への言及を分析し、また、ニューヨーク市立図書館にて、エリオットの詩草稿に加えられたパウンド、エリオット両者の欄外書き込みを調査した。調査・分析の結果、エリオットと抽象の関係について、概略次のことが明らかになった。(1)パウンド同様、エリオットも「抽象」を批判的に見る傾向がその博士論文などに見られること。しかし、(2)エリオットの初期の詩・詩論においては、パウンドの「漢字的抽象」と通底する構成主義的な抽象観も見られること。しかし、(3)エリオットには宗教意識に根ざすと考えられる形而上世界及び死後世界への強い関心があり、これが彼の普遍主義的、もしくは有機体的・全体論的(holistic)な「統合」への関心に連結されていること。(4)その形而上世界への関心は、構成主義的抽象に対するエリオットの関心が低減した後にも維持され、彼の後期の詩と詩論の一つの核をなすこと。以上の研究結果をもとに、研究成果報告書を作成した。またエリオットとパウンドの関係について、共編著書『記憶の宿る場所--エズラ・パウンドと20世紀の詩』(思潮社)所収の論考にその一部を記述した。なお、研究成果はさらに研究論文として別途公表の予定である。今後は本研究、そして、すでに一部考察を終えているスティーヴンズ、スタイン、パウンド、クレインと抽象に関する研究に加え、他のモダニズム詩人の抽象理解についての研究にも取り組み、アメリカのモダニズム詩と抽象をテーマにした包括的研究を進展させる計画である。