著者
須田 朗
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.77, pp.165-198, 2013-10-10

本稿は哲学的良心概念を手がかりにカントとハイデガーの思想を比較するものである。カントは良心を道徳法則から発せられる「内的裁判官の声」と呼ぶ。良心の声は、現象的存在者としては自然必然性に支配される人間に、自らが理性をもつ自由な叡知的存在者であることを告げるという。本稿は人間のこの両面を時間概念に即して解釈する。良心現象は現象を支配する「自然的時間」とは別の「倫理的時間」のごときものを示している。これが本稿のカント解釈の真骨頂である。他方ハイデガーは『存在と時間』で良心論を展開する。良心は、世間に頽落した現存在に対して本来的自己が発する呼び声である。おのれが負い目ある存在であることを自覚するように促す呼びかけなのである。これに応えることが覚悟性であるが、それは同時に本来的な時間性を自覚的に生きることでもある。それはもはやおのれの手中にない、いやそもそもおのれの手中にない非の根拠を引き受けることを意味する。一方カントが良心に見たものも、過去を現在の瞬間として引き受ける責任であった。このようにカントとハイデガーはまったく違う文脈ではあるが、同じように良心現象に人間存在の本来性を見ていたという共通点をもつ
著者
須田 朗
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.139-170, 2022-09-30

ウィトゲンシュタインがウィーン中心部に建てた「ストンボロウ邸」は一切の装飾を排した簡素な建物である。アドルフ・ロースの建築思想の影響下でなされたこの建築は、科学的言語から曖昧さを排して形而上学を無効にする『論理哲学論考』の言語論に呼応する。ウィトゲンシュタインはこの主著執筆後に陥った精神の危機を、この建築を通じて脱して行き、後期の「言語ゲーム」の哲学に向かう。言語の意味は使用にあるとする後期思想の誕生に、存外、この建築作業が一役を買っていたのではないか。世紀転換期ウィーンの精神状況を背景に前期から後期への移行を考える。
著者
須田 朗
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
vol.100, pp.1-31, 2021-09-30

哲学用語としての「超越」を古代から現代まで歴史的にたどることで哲学の歴史が鮮やかに見て取れる。大きく分けて三つの超越概念がある。プラトンは感覚的な自然世界のかなたにイデアの世界があると想定した。この形而上学的世界が超越世界だ。プラトンのこのイデア説を引き継いだのがキリスト教の超越神という考えで、ここに神学的超越概念が認められる。近代ではカントが超越論的哲学を唱える。コギトや主観から出発していかにして、心を超越する客観を正確に捉えることができるかが問題になる。ここに認識論的超越概念が見られる。カントはこの問題をコペルニクス的転回で解決し、神学的超越を否定した。ハイデガーは現存在の基本的存在構造としての世界= 内= 存在のうちに超越を見る。現存在は個々の存在者にかかわる前に常にすでに世界に超越している。この世界= 内= 存在こそが超越なのである。彼はこの存在論的超越概念から認識論的超越概念を批判する。