著者
高井 ゆと里 松井 健志
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.29-36, 2021-09-28 (Released:2022-08-01)
参考文献数
45

COVID-19パンデミック下において、研究者たちは新型コロナウイルスと対峙するための治療法やワクチン の開発に挑んでいる。しかし、そうした治療薬やワクチンの殆どすべては、妊婦に使用されることを想定していない。それらが妊婦に使用される場合の有効性や安全性は、研究されていないのである。妊婦という集団 は、COVID-19関連研究から排除されることによって、COVID-19に対処するための治療やワクチンから遠ざ けられている。歴史的に、妊婦は臨床研究から排除されてきた。それは妊婦と胎児を守るという「倫理的な理由」に基づくものであった。本論文では妊婦が研究から排除されてきた歴史を整理したのち、妊婦の積極的な研究包摂を説く議論や運動が近年急速に高まっている米国の状況を確認する。その作業を通じて、妊婦の研究包摂を積極的に支持する議論を正当化するにあたって「正義」の概念が重要な役割を果たすことを確認する。
著者
高井 ゆと里
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.12-20, 2022-09-28 (Released:2023-08-01)
参考文献数
41

本稿では、医療資源の分配をめぐる正義を論じる政治哲学や生命倫理学の議論が希少性疾患をどのように扱 うかを批判的に吟味する。まず、コスト対効用比に注目するQALY評価は、希少性疾患の治療費が総じて高 く、またその現状は正義とは無関係の資本主義の論理によるものであるため、希少性疾患を不当に不利に扱うものである。他方で運の平等主義は、実際の分配則として同時に支持される仮想的保険市場が希少事例を除外するため、やはり希少性疾患に対して不利な理論とならざるを得ない。加えて、いずれの理論もそのうちに健常主義的な前提を抱えており、しばしば「障害」カテゴリーと密接な関係にある希少性疾患(患者)に対して差別的な議論を展開してもいる。希少性疾患の患者集団がそのもとに置かれている不正義を解消するためには、分配的正義論における健常主義を乗り越えるのみならず、社会の障害者差別を可能な限り解消し、希少性疾患の研究開発の遅れを産み出してきた、医学研究を取り巻く環境をも変える必要がある。