- 著者
-
高井 ゆと里
- 出版者
- 日本生命倫理学会
- 雑誌
- 生命倫理 (ISSN:13434063)
- 巻号頁・発行日
- vol.32, no.1, pp.12-20, 2022-09-28 (Released:2023-08-01)
- 参考文献数
- 41
本稿では、医療資源の分配をめぐる正義を論じる政治哲学や生命倫理学の議論が希少性疾患をどのように扱 うかを批判的に吟味する。まず、コスト対効用比に注目するQALY評価は、希少性疾患の治療費が総じて高 く、またその現状は正義とは無関係の資本主義の論理によるものであるため、希少性疾患を不当に不利に扱うものである。他方で運の平等主義は、実際の分配則として同時に支持される仮想的保険市場が希少事例を除外するため、やはり希少性疾患に対して不利な理論とならざるを得ない。加えて、いずれの理論もそのうちに健常主義的な前提を抱えており、しばしば「障害」カテゴリーと密接な関係にある希少性疾患(患者)に対して差別的な議論を展開してもいる。希少性疾患の患者集団がそのもとに置かれている不正義を解消するためには、分配的正義論における健常主義を乗り越えるのみならず、社会の障害者差別を可能な限り解消し、希少性疾患の研究開発の遅れを産み出してきた、医学研究を取り巻く環境をも変える必要がある。