著者
高橋 美恵子
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.75-84, 2014

人々の健康と豊かな生活の実現を目指す上で、ワーク・ファミリー・バランス(WFB)は重要な政治課題といえる。我が国では男女双方のWFBの重要性を唱える一方で、性別役割分業を前提とするジェンダー規範は根強く残り、社会全体のジェンダー構造にも大きな変化はみられない。長時間労働や働き方の硬直性に特徴づけられる日本の就労環境でのWFBをめぐる男女間の不均衡は、ヨーロッパの先進諸国に比較すると突出している。本稿では、子育て世代の男女のWFBに主眼を置き、EU諸国を比較対象として、マクロデータとミクロデータを用いて、ジェンダーの視点からWFBをめぐる議論の動向と実践を考察した上で、日本の問題点を抽出し、今後の政策議論の方向性について検討した。本稿で提示した日本の問題点は、相互に関連する複数のギャップ-(1)男女間のギャップ、(2)WFB推進施策・制度と実践のギャップ、(3)理想と現実のギャップ-の存在である。スウェーデンを皮切りに、オランダやドイツ等のEU先進国では、共働きモデルへと転換を図った上で、男性のケア役割についての議論を行っている。日本でも、まずWFBにおける(1)のギャップを取り除いていくという視座に立つ実践的な取組みが求められる。時間的ゆとりをもって豊かに暮らせる生活の質を包括する概念としてWFBを捉え、EUで実践されているディーセント・ワークの観点から、働き甲斐のある人間らしい仕事についての共通認識を得ることも急務であろう。
著者
高橋 美恵子
出版者
大阪外国語大学
雑誌
IDUN (ISSN:02879042)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.199-224, 2005-02-28

本稿の目的は,社会における平等なジェンダー論理は社会資源・個人資源の男女間での配分をより公平にし,女性のエンパワーメントを促進するという視点から,スウェーデンと日本のジェンダーをめぐる社会制度がいかに構築されてきたかを比較考察することにある.筆者はこれまでの研究においてジェンダーを人々の生活における志向や行動に影響する社会の下位構造であると捉え,女性が男性と同等の権力をもつことができるためのメカニズム(女性のエンパワーメント・メカニズム)を提唱してきた(Takahashi 2003).社会及び家庭における女性のエンパワーメントを実現するためには,ジェンダーに平等な論理によって制度化された社会資源,つまり政策・法律等は不可欠であると考える.そのような社会資源は,性別役割分業に基づき男性を稼ぎ手とするジェンダー論理(male breadwinner logics) (Lewis & Ostner1994)を弱め,個人単位で資源を配分する制度を構築し促進する.また男女に平等な制度は社会全体のジェンダー規範に影響を与え,女性個人のジェンダー意識を高めることにもなる.スウェーデンにおいては,1960年代の男女平等論争の流れを受け,男性を稼ぎ手とする論理が弱まり,70年代以降は個人を単位とした制度が構築されてきた.男女とも家庭と仕事を両立させるという理念に基づき,社会・個人資源は男女に平等に配分されるよう法制度・政策が整備されている.また今日においてもなお諸制度の改善を目指す議論が行われている.それに対して,日本における社会資源の配分法はいまだ男女でかなり偏ったものであるといわざるを得ない.日本の諸制度は性別役割分業観に基づき,世帯を単位として構築されており,既婚女性の多くは夫の被扶養者として社会保障制度に組み込まれている.近年出生率の低下が進み危機感が高まっていることも考慮に入れると,家族状況に関わらず,就労を希望する女性の意識と行動が拘束されることがない制度へと変換されるべき時が来ているのではなかろうか.そのためには社会保障制度の改革と公的保育の拡充が不可欠であろう.国連開発計画(UNDP)のジェンダー・エンパワーメント測定(GEM)最新報告によると,スウェーデンは世界2位で,日本は38位であった(UNDP 2004).同数値は社会における女性のエンパワーメントの所産ではあるが,別の視点からみると,女性にとっての社会資源の基盤ともみなすことができる.社会での重要な地位に占める女性の割合が増加することにより,女性の意識が高まり,より平等な政策が打ち立てられると考えられる.従来のジェンダー規範に拘束されることなく,男女とも家庭と仕事の双方の領域に参加することができる社会を目指し,取り組みを続けてきたスウェーデンから学ぶべき点は多い.