著者
髙橋 裕次
雑誌
書道学論集 : 大東文化大学大学院書道学専攻院生会誌 (ISSN:13489313)
巻号頁・発行日
no.15, pp.A29-A35, 2018-03-31

デジタルマイクロスコープを使って料紙を観察していると、たとえば掛幅装などの場合、料紙の重さを計れないため、料紙の特性を検討するための密度を知ることができないなどの困難に遭遇する。また透過光による観察で、表装の肌裏、増裏、総裏など裏打ち紙の繊維の影が一緒に写ってしまい区別ができないこともある。そこで、繊維の形状や添加物などをより把握しやすくする方法がないかと考えていたところ、顕微鏡の開発に携わっている技術者との会話のなかで、最新型の顕微鏡のもつEDOF(強化被写界深度)機能を応用して、繊維の状態を把握できるかもしれないと考えるにいたった。EDOFは、焦点距離の異なる一連の画像を組み合わせて一枚の画像を合成することにより、被写界深度(焦点の合う範囲)を拡大するものである。料紙に下からの透過光をあてながらEDOF機能をもつ顕微鏡で撮影した、焦点距離の異なる一連の画像をそれぞれに分析することで、内部の繊維、添加物の状態と、その正確な位置が確認できる。料紙の現状を損なわずに、その内部の様子を容易に観察することが可能になれば、料紙の研究もさらに進展すると思われる。
著者
富田 正弘 湯山 賢一 永村 真 杉本 一樹 綾村 宏 田良島 哲 増田 勝彦 髙橋 裕次 池田 寿
巻号頁・発行日
1995-07

古代中世の文書料紙の歴史的変遷について、文献史料によって検討を加えてみると、檀紙・引合・杉原紙・鳥の子等の紙種が観察される。平安時代の文書料紙は、重要な公文書には紙屋紙が公紙として用いられていた。他方、軽微な文書や私文書などの料紙には、地方産の楮紙である檀紙が使用されていた。平安後期になると、檀紙が粗悪な紙屋紙を駆逐し、重要な公文書の料紙となるのである。鎌倉時代にはいると、京都においては、檀紙が公紙として発展し、大きく高檀紙と普通の檀紙とに分化する。後期には、普通の檀紙のうちから良質のものが引合と呼ばれ、上級貴族・僧侶の書状料紙として用いられた。鎌倉においては、幕府の下文・下知状等には御下文紙(後の鎌倉紙)が用いられ、他方幕府の御教書や武士の書状などには杉原紙が盛んに使用された。建武新政以後、関東武士が京都に大挙常住すると、鎌倉の紙使いが京に持込まれ、また武家が京都の紙使いの影響を受け、互いに混淆し合う。公家・寺社においては、高檀紙から大高檀紙・小高檀紙の種別が現れ、近世の大鷹檀紙・小鷹檀紙への繋がり見えてくる。武家では、幕府文書の料紙の主役から鎌倉紙が消え、その地位は普通の杉原紙に取って代られる。後期には、書礼様文書の料紙としては、公武ともに引合や鳥の子を使用し始める。高檀紙は、秀吉の朱印状・判物の料紙に繋がっていき、また、この時期に現れる奉書紙は、引合の系譜を引く文書と言われる。また、古代中世の現存の文書料紙から検討すると、料紙の縦寸法・横寸法・縦横比率・厚さ・密度・簀目本数・糸目巾の時代的変遷を跡付けることができた。また、これらの共通の画期が室町時代と確認され、杉原紙の普及との関係が浮き彫りにされた。これらの研究成果は、まだ中間報告の域を出ないが、今後もこの研究体制を維持し、別の形で研究を続けていくことにより、この試論的成果を検証・訂正したいと思う。