著者
杉本 卓洲 西川 麦子 島 岩 鹿野 勝彦
出版者
金沢大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1996

南アジアの宗教文化の展開および構造の大きな特性は、その多様性、複合性にある。それを総合的・包括的に解明し把握するためには、学際的な共同研究を行なうのが最も有効な手段であろう。しかもそれは、種々の観点からのアプローチがなされるべきである。本研究では、南アジアの宗教文化の解明に、聖と賎という新たな視点から光を照射する試みを行なった。一般の宗教研究においては、聖と俗、日常性と非日常性、特にインドの宗教社会にあっては、浄と不浄という相対概念、枠組みのもとに、そのあいだの関わり、交錯・葛藤が究明されるのであるが、本研究では特に賎の問題を追求した。これは従来見逃されてきた視点であり、本研究の意義として評価されよう。また、従来の南アジアの宗教文化の共同研究は、総じて仏教かヒンドゥー教に限られていた観がある。そこで本研究では、両宗教の外に部族宗教、イスラーム教の社会構造や文化複合の究明を加えて共同作業を行なった。その方法としては、インド学・仏教学の文献を用いての通時的・歴史的研究と、文化人類学・社会人類学の現地調査に基づく共時的研究との両面を交差させ相補しながら、学際的な共同研究を目指した。一般にインドの特に古典的文献は誇張と極端的表現に富み、どこまで実態を伝えているのか疑問を生じさせるものが少なくない。その史実性を解明するには、考古学的資料の参酌を初めとして種々の方法があろうが、現地調査とそのデータの記録である民族誌、宗教誌と、それらの分析および研究の成果を援用することは、きわめて有効な手段の一つである。また逆に、実地調査による研究成果についても、インドのような伝統的・尚古的社会にあっては、歴史的視野を抜きにしては単に皮相的な現状報告に止まるものとなろう。本研究では、こうした通時的および共時的研究の両面から、南アジアの宗教文化のなかの、特に仏教、ヒンドウー教、部族宗教、イスラーム教における聖のなかに現われた賎、賎のなかに現われた聖、聖から賎へ、賎から聖へといった聖と賎との浸透・交錯関係、そのメカニズム、下降・上昇の転化および作用のダイナミズム等を明らかにすることを目的として研究を進め、その研究のための資料の収集とともに、然るべき成果をおさめた。そして、以下のようなその成果の一部を含む成果報告書を刊行した。杉本卓洲「仏塔と菩薩に見る賎」、島岩「ゴーエンカーとヴイパッサナー瞑想法」、島岩「サンガラクシタとユーロ・ブディズムの成立」、鹿野勝彦「シェルパと職能カースト:南アジア周辺部の非ヒンドウー社会におけるジャート(カースト・民族集団)間関係についての一考察」、西川麦子「バングラデシュ農村の物乞、フォキールをめぐる聖と俗」。