- 著者
-
齋藤 亜矢
- 出版者
- 日本霊長類学会
- 雑誌
- 霊長類研究 Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.32, pp.44-45, 2016
<p>チンパンジーは、採食などの特定の目的と結びつかない自発的な物の操作をおこなうことがある。この一見無駄にも思える行動の背景を明らかにするため、新奇物に対する物の操作を分析した。対象は、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリのチンパンジー58個体(5~44歳、11群)とした。各運動場に長靴、デッキブラシ、鈴、布などの18個の新奇物を設置して、群れごとに放飼し、120分の観察のなかでの新奇物に対する行動を随時記録した。その結果、物の形状に依存しない単純な探索的操作(例:触る、匂いを嗅ぐ)にはじまり、物の形状に依存した探索的操作(変形、身体への定位、他の物への定位をともなうもの)が多く観察された。繰り返しの操作も多く、たとえば「長靴を倒して起こす」繰り返しのなかでも、微妙に力加減を変えて倒し方を変えるなど「シェマの調節」がされていた。また「ホースを天井格子にかけてぶら下がった後に、長靴を天井格子にかける」など、同じシェマを別の物に試みる「シェマの同化」もおこなわれていた。さらに「長靴のなかに鈴を入れて、上下にふって音を出す」など、一度に複数の物や動作シェマ(行動の枠組み)を組み合わせた複雑な操作も観察された。したがって、チンパンジーが既存のシェマの調節や同化を自己強化的におこなうことで、多様なシェマを獲得し、物の操作の可能性を把握していることが示唆された。このことは「〇〇するもの」というカテゴリーの生成にもつながり、道具使用や、物の表象的な理解の土台にもなるのではないかと考える。実際に、より表象的な操作とされる「ふり」遊びも観察された。たとえば「ホースの先をバケツの中に入れたまま持ち、水をためるような操作」や「ブラシを紙の上に定位するおえかきのような操作」などである。物を見て、一連の操作のイメージが想起されていることが示唆される。実際の観察場面を紹介しながら、これらの考察について論じたい。</p>