- 著者
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齋藤 定藏
- 出版者
- 公益社団法人日本船舶海洋工学会
- 雑誌
- 造船協會會報 (ISSN:05148499)
- 巻号頁・発行日
- no.47, pp.13-64, 1931-04-30
- 被引用文献数
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船底塗料研究の第一歩として、本邦各軍港要港湾内に棲息し船底に附着する生物の種類、分布竝に彼等の習性を調査する目的を以て、昭和2年8月より昭和4年8月に至る満2箇年間各工廠, 工作部の援助を得て實験調査せるに、次の結果を得たり。一、各港を通じ附着せる生物は主として動物にして、其の種類は富士壺(さらさ富士壺、しろすぢ富士壺、あか富士壺)、「セルプラ」(「セルプラ」、「スピロルビス」)、蠣(かき、「オストレア、プリカツラ」)、海鞘(白海鞘、柄海鞘)、苔鮮蟲(總苔蟲、長鬚苔蟲、血苔蟲、「メンブラニポラ、リニアタ」)。植物は僅かに緑藻類(あをのり、あをさ)あるのみ。二、各港別に附着生物を示せば(附着量の大なるものより)、横須賀 富士壺、「セルプラ」、總苔蟲、あをさ、あをのり、海鞘、長鬚苔蟲。附着物主體富士壺及「セルプラ」。呉 富士壺、長鬚苔蟲、「セルプラ」、蠣、海鞘、「メンブラニポラ」、あをのり。附着物主體富士壺。佐世保 「セルプラ」、富士壺、海鞘、總苔蟲。附着物主體「セルプラ」。舞鶴 富士壺、「セルプラ」、長鬚苔蟲、總苔蟲、海鞘、「メンブラニポラ」、血苔蟲、あをのり、あをさ、「スピロルビス」。附着物主體富士壺。鎭海 富士壺、海鞘、「セルプラ」、總苔蟲、あをさ、長鬚苔蟲、「メンブラニポラ」、血苔蟲。附着物主體富士壺及海鞘。大湊 富士壺、海鞘、「セルプラ」、總苔蟲、血苔蟲、長鬚苔蟲、「メンブラニポラ」、あをさ。附着物主體富士壺及海鞘。馬公 蠣(「オストレア、プリカツラ」)、血苔蟲、「セルプラ」、富士壺。附着物主體蠣。三、船底汚損上より見て最も恐るべき生物は富士壺、「セルプラ」の2種なりとす。蓋し是等は一旦塗面に附着生育するや假令蟲體死滅するとも遺骸たる外殻は剥離落去する事なく、且つ是等外殼を存するを以て他の生物の附着足場を形成するものなればなり。海鞘の如きは最初より平滑堅牢なる塗面には附着する事なく、上記富士壺、「セルプラ」を足場として着生するを以て、富士壺、「セルプラ」の防止により本蟲をも防止し得るものなり。蠣の内普通蠣は船底に附着する事殆ど稀にして、唯馬公にのみ棲息する特種蠣は同港碇泊の艦船々底汚損の主體をなすものなり。苔鮮蟲類、緑藻類は附着するも、艦船の航走により或は季節により自然に衰滅落去するを以て大害を與ふる程のものにあらず。四、生物の繁殖時季は生物各個により多少差異あるも、一般に馬公を除きては4月の候附着し始め、5月中旬より緩慢ながら繁殖發育を續け6月中旬乃至7月上旬に於て稍や盛となり、7月中旬より9月中旬に至る約2箇月間は生物の最も旺盛なる繁殖時季たり。斯くして10月に入り漸く衰へ始め、11月中旬に至りて繁殖遅鈍上なり遂に12月に入り殆ど休眠状態となる。但し佐世保に於ける「セルプラ」は11月に入るも尚相當の繁殖力を有す。然るに海鞘及び緑藻は10月の候に附着し始め、海鞘は12月乃至1月、緑藻は5月乃至6月の候に於て繁殖の盛なるを見る。五、各港に於ける各月附着生物重量増加の割合は、鎭海、大湊、馬公の3港を除きては12月乃至4月の所謂嚴寒期に於ては生物重量殆ど増加なく、4月乃至8月の初春より眞夏に亘り比較的重量増加する港は呉、佐世保、舞鶴、鎭海、馬公にして、8月乃至12月の眞夏より晩秋にかけ比較的重量の増加する港は横須賀、大湊、鎭海なり。而して1箇年を通じ附着量の最大なるは鎭海にして最少なるは佐世保なりとす。(第八表参照)六、深度による生物の分布は海面下10米以内に在りては生物の種類竝に繁殖状況に何等差異なきも、10米を降下すると共に漸次生物の種類を滅じ同時に附着量をも減少す。七、生物の繁殖時季と平行して各港に於ける海水温度を調査せるに、20℃以上に在りては各生物(海鞘及び緑藻を除く)の繁殖力旺盛にして、特に23℃以上に在りては其の極度に達するものなり。而して18℃以下に降ると共に次第に衰へ始め、13℃以下に在りては特に繁殖力遅鈍となり遂に10℃以下に於ては殆ど繁殖生育を休止するに至る。此の關係は上記各温度に於ける海中の富士壺幼虫を採集し顯微鏡下に於て實験せる結果と全く合致せるものなり。而して各港(馬公を除く)を通じ10℃以下の海水温度は12月下旬乃至3月下旬の3箇月にして、此の所謂嚴寒期に於ては事實生物の附着するもの殆どなく何れも休眠状態に存するものなり。八、上記嚴寒期に於ける生物の附着殆無なることは艦船入渠時期の選定に大なる關係あるものにして、船底塗料のみの見地より論ずれば生物の將に附着生育せんとする時期に於て新鮮にして有効なる塗面を必要とする爲め、5月の候を以て最も適當なる入渠期と信ずるものなり。九、生物の内動物は何れも白色塗面に附着すること尠く(特に富士壺に於て著し)、次で黄、緑、青の順序に附着量を増加し、遂に黒、褐、赤の塗面に於て最も多量に附着するものなり。之に反し植物たる緑藻類は黒に最も少く白に比較的多量に繁