- 著者
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後藤 明
Akira Goto
- 出版者
- 国立民族学博物館
- 雑誌
- 国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
- 巻号頁・発行日
- vol.27, no.2, pp.315-359, 2002-11-20
人工物(artifact)の製作技術の研究は,材料や製作用具の特定や,工程の同定に止まるものではない。製作者は材料や製作用具に関する詳細な知識をもち,また製作物の形態や構造に関するデザインを行う必要がある。しかし技術的な知識とは,具体的な行為の中で,材料と製作用具を工程に沿って操作するための実践的知識なのである。また結果として生み出される人工物は,「青写真的」デザインが単に物質に鋳型のように上乗せされてできるものではない。 製作者は組織化された身振りによって素材の性質と絶えず対話を行い,偶発的な問題に対応しながら,ある一定の範囲で目指す構造や形態にたどり着くのである。製作工程では種々の決裁(decision-making)ないし意志決定が行われるが,それにはほとんど無意識の体の反応から,意識的あるいは組織的な行動に至るまで多層的に階層化した構造が見られる。またその意志決定の階梯は人工物を作る素材や目指す製品の形態や構造によって異なってくることが予想される。 本稿で取り上げるソロモン諸島の貝ビーズ製作は,貝を削って行うビーズの製作という減算的過程と,ビーズを組み上げるという加算的あるいは構成的な過程の結合で成り立つ。人々は習得した身体技法を通して作業を行ってゆくが,今日,製作の各工程において,材料の貝殻や中間段階の貝ビーズの調達に複雑な流通経路が形成されている。人々はこのような経路を使って,さまざまな計画的ないし偶発的な需要に対して臨機応変な対応をしている。 このように,無意識的なあるいは条件付けられた身振りから,材料調達に関する組織的な発案に至るまで,総体的に見ることで初めて技術の動態が理解できる。技術とは社会的に蓄積された知識であり,製作者の技能の習得から,材料調達の仕組みに至るまで,一定の行動パターンを生み出す一種の制度と考えることが有効であろう。 操作連鎖論的モデルは人工物の製作工程研究にきわめて有効な方法であるが,狭義の「工程の記述」に矮小化せずに,上記のような制度的な側面を含めるべく拡張し,再構築すべきであろう。