著者
中嶋 正明 秋山 純一 小幡 太志 Chikako Kawakami Poffenberger Frank R Fisher Pam Marchand 荒木 靖 石田 恵子 祢屋 俊昭
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2003, pp.F0351, 2004

【目的】近年,我が国では食生活の欧米化とともに高齢化社会を迎へ,血管病変に基づく末梢循環障害が医学的のみならず社会的にも問題になっている。これら末梢循環障害の保存的療法として,我が国では,人工炭酸泉浴が臨床応用され多数の改善例が報告されている。この人工炭酸泉浴による治療効果は血管拡張による循環の改善によるものと考えられている。我々は,これら人工炭酸泉浴の優れた治療効果は単に血液循環の改善によるものでなく血管新生によって得られるのではないかと考えた。血管内皮細胞増殖因子(VEGF: vascular endothelial growth factor)は血管内皮細胞に対して特異的に作用し,血管新生を促進する。今回,人工炭酸泉浴の血管新生作用を検討する目的で,糖尿病性潰瘍の2症例に対して人工炭酸泉の下肢連浴を行い血清中のVEGF濃度を評価した。<BR>【方法】対象は下肢に糖尿病性潰瘍を有する63歳の男性および44歳の女性の2症例とした。患者は坐位にて35&deg;Cの不感温度の人工炭酸泉浴を15分間の下腿局所浴として毎日1回実施した。人工炭酸泉の作成には高濃度人工炭酸泉製造装置カーボセラ・ミニMRE-SPA-CTM(MITSUBISHI RAYON ENGINEERING CO. LTD)を用い,その濃度は1000ppmに調整された。6週間にわたる人工炭酸泉連浴が行われ,連浴実施直前,連浴実施1週間経過時点,連浴実施6週間経過時点において採血を行い血清中のVEGF濃度をQuantikine M (R&D systems)を用いELIZA法により定量した。評価は人工炭酸泉連浴実施前の値を基に連浴実施後の値を正規化したデータについて行われた。なお,患者には実験趣旨の十分な説明を行い同意を得た。<BR>【結果】症例1のVEGF濃度は連浴実施1週間経過時点152.2%,連浴実施6週間経過時点130.0%となった。症例2のVEGF濃度は連浴実施1週間経過時点112.5%,連浴実施6週間経過時点70.8%となった。<BR>【考察】糖尿病性潰瘍の症例に人工炭酸泉浴を実施したところ連浴実施1週間経過時点でVEGF濃度の上昇が認められた。連浴実施6週間経過時点で症例1ではVEGF濃度が上昇したが,症例2では連浴実施前よりもVEGF濃度が低下した。これは,この連浴実施6週間経過時点で下肢の潰瘍が治癒していたことから,潰瘍の治癒によりVEGF濃度が減少したものと考えられた。今回の症例から,糖尿病性潰瘍に対して人工炭酸泉浴はVEGFの発現を促進し血管新生作用を有する可能性が示唆された。今日では,末梢循環障害に対してVEGFやHGFなどの血管新生増殖因子のDNAプラスミドまたは骨髄細胞を筋注し新たに血管を再生させようとする血管新生療法が注目され,臨床応用が始まっている。人工炭酸泉浴はこういった血管新生療法を助ける保存的療法と成りうる可能性が示唆された。