著者
小松 秀雄 Hideo KOMATSU
雑誌
神戸女学院大学論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.153-164, 2008-01-20

In the eighties of the 20th Michel Gallon, John Law and Bruno Latour have constructed the theory of actor-network in the field of science and technology studies. Then in the nineties Jean Lave and Etienne Wenger have proposed the theory of situated learning and community of practice. In the first chapter of this paper I intend to consider the theory of 'hybrid collectives (communities)' and the concept of 'translation' which M.Gallon (French sociologist) has developed in his theory of actor-network. Gallon has criticized traditional sociologists for 'social constructionism'. And in the second chapter I investigate the situational approach and theory of community of practice while I take up the literatures such as "Situated Learning" (1991.) and "Communities of Practice" (2002.). In the final chapter I attempt to apply the theory of actor-network and the concept of community of practice to the downtown area (Yamabokocho) of the Gion Festival (Gion Matsuri) of Kyoto in the modem society.
著者
小松 秀雄 Hideo KOMATSU
雑誌
神戸女学院大学論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.49-64, 2020-12-20

高知県では大きな芝居絵屏風を飾る夏祭りが行われ、土佐の夏の風物詩として地域の人びとに親しまれている。芝居絵屏風は大きな二曲一隻の屏風であり、幕末の絵師・金藏(1812-1876)、通称、絵金が芝居絵屏風を描き始めた。日本の近代化の過程で娯楽の多様化にともない、夏祭りで芝居絵屏風を飾ることは少なくなったが、1960年代の時代背景の下で再び注目されるようになった。それから間もなく、高知県赤岡町では、1977年に絵金没後100年を記念するコメモレイションとして絵金祭りが行われた。赤岡町では1993年に土佐絵金歌舞伎伝承会が結成され、さらに、2005年には絵金の作品を展示する絵金蔵も造られた。高知県立美術館では、2012年に、絵金生誕200年を記念するコメモレイション「大絵金展 極彩の闇」が開催された。本稿では、集合的記憶の社会学の視点から、絵金のコメモレイションに関する多様な資料を分析し論述してみる。
著者
小松 秀雄 Hideo KOMATSU
雑誌
神戸女学院大学論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.1-16, 2019-12-20

高知県(昔の土佐の国)では大きな芝居絵屏風を飾る夏祭りが行われ、土佐の夏の風物詩として地域の人びとに親しまれていた。芝居絵屏風は大きな(180 cm×180 cm)二曲一隻の屏風であり、弘瀬金藏(1812-1876)、通称、絵金が芝居絵屏風を描き始めた。江戸時代後期から明治時代まで土佐の国では、農村舞台で歌舞伎や人形浄瑠璃などの地芝居が上演された。人びとは芝居絵屏風を絵金に描いてもらい、夏祭りの機会に神社やお堂に奉納した。しかしながら、日本の近代化の過程で映画が普及し、娯楽が多様化するにともない、夏祭りに芝居絵屏風を飾ることも少なくなった。絵金の死から約90年後、1960年代における対抗文化の時代背景の下で絵金と彼の芝居絵屏風などの作品が再び注目されるようになった。絵金の画集などの本が出版されたり、絵金の映画が全国の映画館で上映されたり、東京、大阪、京都、神戸の有名な百貨店で絵金展が開催された。新聞や雑誌などのマスメディアによって名づけられた「絵金ブーム」が到来した。本論文では、歴史社会学的視点から、「絵金ブーム」に関する多様な資料を分析し論述してみる。
著者
小松 秀雄 Hideo KOMATSU
雑誌
神戸女学院大学論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.93-108, 2013-06-20

日本原子力発電(株)と9つの電力会社は、日本の原子力政策に即して全国各地に原子力発電所を建設し営業運転してきた。ちなみに、関西電力は、立地条件の良い、福井県の嶺南と呼ばれる若狭湾沿岸に美浜、高浜、大飯原子力発電所を建設し営業運転してきた。若狭湾沿岸の原子力発電所は、関西地区で使用される電力量のおよそ半分くらいを供給している。しかしながら、日本原電や9つの電力会社が原子力発電所を計画した全国の多くの場所で厳しい反原発の講義と運動が起こった。原発の建設計画には大きな経済的効果が期待されていたけれども、各地域における住民や議会の投票の結果、原発計画は白紙撤回されたり中止されたりした。本稿では、具体的な事例として1975年に提示された久美浜原子力発電所の建設計画を取り上げ、なぜ2006年に白紙撤回されたのか、その理由や事情について再検討してみたい。久美浜町は丹後半島の、京都府北部の沿岸にある。「平成の大合併」の時に、峰山、網野、丹後、大宮、弥栄および久美浜の6町が2004年4月1日に合併して京丹後市が誕生した。
著者
小松 秀雄 Hideo KOMATSU
雑誌
神戸女学院大学論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.49-64, 2020-12-20

高知県では大きな芝居絵屏風を飾る夏祭りが行われ、土佐の夏の風物詩として地域の人びとに親しまれている。芝居絵屏風は大きな二曲一隻の屏風であり、幕末の絵師・金藏(1812-1876)、通称、絵金が芝居絵屏風を描き始めた。日本の近代化の過程で娯楽の多様化にともない、夏祭りで芝居絵屏風を飾ることは少なくなったが、1960年代の時代背景の下で再び注目されるようになった。それから間もなく、高知県赤岡町では、1977年に絵金没後100年を記念するコメモレイションとして絵金祭りが行われた。赤岡町では1993年に土佐絵金歌舞伎伝承会が結成され、さらに、2005年には絵金の作品を展示する絵金蔵も造られた。高知県立美術館では、2012年に、絵金生誕200年を記念するコメモレイション「大絵金展 極彩の闇」が開催された。本稿では、集合的記憶の社会学の視点から、絵金のコメモレイションに関する多様な資料を分析し論述してみる。
著者
小松 秀雄 Hideo Komatsu
雑誌
女性学評論 = Women's studies forum
巻号頁・発行日
vol.20, pp.115-137, 2006-03-31

Since the sixties of the 20th century the social movements and studies of Feminism have spread throughout the world. In recent years the theories and practices of Queer appear and are in the spotlight. Against the background of these social phenomena, Judith Butler and Momoko Nakamura have studied 'Language, Gender and Power' on the frame of reference of Michel Foucault, Pierre Bourdieu, Critical Discoure Analysis and so on. In the first chapter of this paper, I survey the theories of cultural reproduction and habitus of Bourdieu. From the nineties of the 20th century Japnese sociologists, including Takashi Miyajima, have applied these thoeries to Japanese society and culture. After survey working, in the second chapter I intend to reconsider and arrange the genealogical studies of sexuality (sexualite) of Foucault and Butler. And in the third chapter I deal with Butler's criticism of the theories of Bourieu in her work "Excitable Speech: A Politics of the Performative" (1997). Butler estimates the merit of the genealogical works of Foucault, while she critically comments on the theories of cultural reproduction, habitus and symbolic power in sociology of Bourdieu.