著者
北村 一親 KITAMURA Kazuchika
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
アルテスリベラレス (ISSN:03854183)
巻号頁・発行日
no.82, pp.17-42, 2008-06

本稿の標題は「障害者の権利に関する条約」Convention on the Rights of Persons withDisabilities 第2条の同条約における「言語」に関する定義の一部から採ったものである。この条約は2001年12月の第56回国際連合総会においてメキシコ合衆国提案の決議案を採択した決議 A/RES/56/168に基くもので,8回に亘る特別(アドホック)委員会を経て,2006年12月13日,第61回国際連合総会本会議にて採択されたものである。日本政府も2007年9月28日(現地時間)に署名したが,2008年1月現在,未だ国会には提出されていない。 この条約において「言語」とは次のように定義されている。"Language" includes spoken and signed languages and other forms of non-spokenlanguages即ち,signed language「手指によってなされる言語」も「言語」とするということが明示されているのである。 本稿は「手指によってなされる言語」,つまり「手話」sign languageに関して筆者が研究を行うに際してのprolegomenaとなるものである。
著者
北村 一親 KITAMURA Kazuchika
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
アルテスリベラレス (ISSN:03854183)
巻号頁・発行日
no.83, pp.1-27, 2008-12

かつては言語学者が言語の起源を追究することは学界において世界的に忌避されており,50年ほど前の日本の言語学会においても同様で,鈴木孝夫が記号論的視点から「鳥類の音声活動」と題する講演を行った際,出席者から「たしか100年前にフランスの言語学会で,人類言語の起源は今後言語学では一切扱わないことを宣言したが,それを知っていますか」という旨の質疑を受けたという。2 bis) しかし,時は移り,幸いにも現在ではこのような軛から解放されて言語の原初の姿を模索する様々な試みがなされるようになってきており,例えば,手話言語3) やクレオール諸語4) に言語の原初形態を見出そうとする動きがある。筆者は将来的にクレオール諸語における注目すべき諸点を考察するために,さまざまなクレオール諸語,すなわち大航海時代および植民地主義時代の所産であるフランス語,英語,ポルトガル語やオランダ語(そしてこれらの諸言語に付け加えるならばスペイン語やその他の非印欧語)を基体とするクレオール諸語を言語の原初形態を探求しうるのかどうかも含めて研究することを企図している。しかし,研究を始めるにあたり「クレオール語」を定義する必要があり,またその前に統一的な理解が難しい「クレオール」という概念の検討が必要不可欠と考え本稿を起稿する次第である。なお,クレオール諸語の中でも特にカリブ海に浮かぶ大アンティル諸島イスパニョーラ島の西3分の1を占め,1804年にラテンアメリカで最初に独立したハイチ共和国の国語であるハイチ・クレオール語およびフランスの海外県である小アンティル諸島のマルチニーク,5) グワドループ等におけるフランス語を基体とするクレオール諸語(フランス語系クレオール語)を他のクレオール諸語と比較することを中心に据えたいので本稿の欧文標題をハイチ(・クレオール)語で表した。また,本稿標題が「クレオール語で」という表現で止めているのは今後の研究も想い描きながら,この言語,すなわち「クレオール語」であらゆる可能性を示したいという筆者の願望の故であることをここに明記しておく。