著者
高野 修 TAKANO Osamu
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
人間・文化・社会
巻号頁・発行日
pp.497-514, 1997-03-28

訴えの利益は、処分性とならび、取消訴訟の利用可能範囲を画する要件論であることから、現代社会における行政活動-の司法救済のあり方の問題として、さまざまな事件を契機に行政法学において盛んに論じられてきた。学説は、法律上保護されている利益説と法律上保護に値する利益説1)に大別できる。前者は、・裁判実務のとるところであり2)、救済を求めている利益が処分の根拠法律で保護されていることが必要であるとするのに対し、後者は、事実上の利益でも裁判的救済に値するものであればよいとする。理論的な両者の違いもさることながら3)、意味的には明らかに後者が広く、原告適格を拡大することになる。しかし、実際には、法律上保護されている利益が何か、実体法において一義的に明らかに定められているものではなく、ある利益がそれに当たるか否かは、処分の根拠法律や関連法規の解釈作業を通じて判断されなければならない。しかも、その解釈において実務は、解釈基準4)辛考慮要因5)を緩やかにとらえる傾向を示している。その結果、文言上は依然として法律上保護されている利益説をとっているが、実質的には法律上保護に値する利益説をとったとも解されうる判例が出現してきている6)。それだけに、訴えの利益に関しては、学説の理論的検討とは別に、具体事例を検討し、訴えの利益解釈の際に決め手とされている事項等を分析することが、実質的に重要となってきていると言えるだろう。本稿は、このような見地から、履行済ポスト・ノーティス命令に対して取消の訴えの利益を認めたヒノヤタクシー事件を扱うものである。ポスト・ノーティス命令の義務内容を一定期間文書を掲示する作為義務と解する限り、命ぜられた期間掲示をしたことにより命令の効果はなくなったと解せられ、掲示という事実行為も期間の満了により終了していて、取り消すべき対象が無くなっている7)はずである。それにも拘らず訴えの利益が認められた事情を探り、その法的構成を検討することが本稿の目的である。そのため、予備的問題整理の後、行政事件訴訟法9条かっこ書き、「取消によって回復すべき法律上の利益」の判断基準を判例の分析を通して明らかにする。その結論、当該不利益に他の救済手段がないこと、当該不利益が処分と法的当然の関係で結びついていること、からすれば事件は9条かっこ書きの場合に該当しない。次に、ポスト・ノーティス命令の直接の法効果を検討する。結論から言えば、ポスト・ノーティス命令の法効果を単なる文書掲示義務8)ととらえるだけでは足りない。文書内容を加えて検討することが必要であり、文書内容に謝罪や誓約が表明されているとき、掲示が期間の満了で終了しても、そのような文書が掲示されたことが労使関係に重要な意味を残すことは大いにある。かかるポスト・ノーティス命令の実質的意義が認められて、命令権限が定められているのであるから、適法な命令が使用者の名誉や信用を侵害するような場合、受忍義務が権限の前提にされていると構成されねばならない。結局、ポスト・ノーティス命令の義務内容は、履行と期間の満了によって消滅する単なる作為義務にとどまらないで、受命者に生じた名誉や信用の侵害が履行後もなお残っている限りその受忍を義務付けているものと解すべきである。以上が本稿の構成と内容である。