著者
内外書籍株式会社 編
出版者
内外書籍
巻号頁・発行日
vol.第十九巻, 1937

言及状況

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一般論としては、埋葬されているのが誰かがわかるような墓が広まったのは鎌倉~室町時代ぐらいです。だから、例えば藤原道長の墓は、他の摂関家の面々の墓と同じく、現在宇治陵と呼ばれるあたりにある墓の一群のどれかであるのは確かですが、それらの墓を維持管理する浄妙寺という寺が廃絶してしまったので、どれかわからなくなっています。現在、鎌倉にある源頼朝の墓とされているものも、実は江戸時代に建てられた供養塔のような ...
東大寺再建に関する史料としては『玉葉』『吾妻鏡』『東大寺要録』『東大寺続要録』『東大寺別当次第』『東大寺造立供養記』『東大寺文書』『東大寺領荘園文書目録』などがあります。 なかでも『玉葉』『吾妻鏡』は読み易く、東大寺再建に尽力した重源と同時代の記録として大変貴重な史料です。 また、ご質問の周防国が東大寺造営料国になっていたこと、そこから用材を切り出した事などは『玉葉』以外にも『東大寺 ...
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879811/182?viewMode= にあります。

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