著者
能川 泰治
出版者
京都大學人文科學研究所
雑誌
人文學報 = The Zinbun Gakuhō : Journal of Humanities (ISSN:04490274)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.91-112, 2013-03-29

本稿の課題は,いわゆる十五年戦争と大阪城との関係について,これまでの大阪城の歴史の中で紹介されてこなかった事例を紹介し,大阪城は戦争動員に関してどのような役割を果たしたのかという点について,考えようとするものである。日中戦争が長期化し,さらにアジア太平洋戦争が始まろうとしていたとき,陸軍の中から大阪城を戦没者慰霊空間として改造する試みが浮上していた。大阪城内に大阪国防館という軍国主義的社会教育施設を設け,さらに護国神社を移転させることにより,大阪城を戦没者慰霊空間として完成させようとしたのである。一方,大阪財界の太閤ファンによって結成された豊公会からは,豊臣秀吉顕彰の場として大阪城を活用しようとする提言があがっていた。長期戦を戦い抜くためにも秀吉を顕彰して加護を祈ることが必要であり,また,秀吉の神霊の加護を受けて滅私奉公に励むことが都市大阪の発展につながるというのである。このような豊公会の活動によって,大阪城天守閣は秀吉の神霊が宿る司令塔として位置づけられていた。つまり,戦時中の大阪城天守閣は,大大阪の帝国主義的対外膨張のシンボルとされていたのである。そして,豊公会からあがった提言は,大阪の軍・官・財及びジャーナリズムと歴史学者の提携の下に,市民を啓発する式典や展覧会として実現された。その中で大阪城天守閣は,ある時は秀吉の神霊が宿るランドマークとして,またある時は大東亜共栄圏構築の先駆者としての秀吉像を宣伝する歴史博物館として,長期化する戦争を市民が戦い抜くための精神的支柱としての役割を担っていた。それは大阪という大都市における戦時大衆動員と都市支配の一端を示すものであると言えよう。

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論文「十五年戦争と大阪城」 http://t.co/NfcpsnoEvR 〈陸軍の中から大阪城を戦没者慰霊空間として改造する試みが浮上…。大阪城内に大阪国防館という軍国主義的社会教育施設を設け,さらに護国神社を移転させ…大阪城を戦没者慰霊空間として完成させようとした〉 むう初耳だ
http://t.co/3biDJG8zsl 十五年戦争と大阪城 おぉ〜、これは凄い。こんなん書いてる人が おったか。大阪国防館、マニラの小大阪城…。

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