著者
福田 アジオ
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.237-272, 1993-03-25

日本の墓制の民俗学的研究で従来最も関心が寄せられてきたのは両墓制の問題である。両墓制研究の焦点はそれが古いか新しいかという点にあった。もちろん古いとする考えが民俗学研究者のなかでは多数派であり、日本人の古来の他界観・霊魂観を示すものとしてきた。それらの多くの研究は二つの施設のそれぞれの名称やその間の儀礼的な関係に注目し、両墓への墓参の継続期間や他方への移行時期に注意を払ってきた。またこの墓制を古いとする考えは石塔以前の姿を追究する傾向を生み、墓地・墓石以外の仏堂、位牌堂、あるいは霊山、死者の赴く山などの事象を研究の対象とするようなことが多くなった。以上のような従来の両墓制研究は、村落における空間的配置の問題には必ずしも注目してこなかった。空間的配置に注目しても、両墓のみを取り出して、その距離を問題とするものが多く、村落空間全体のなかに位置付ける努力は少なかった。本稿では、両墓制を村落空間の問題として理解し、両墓制が村落そのものの歴史的形成過程と密接に関連して登場してきたものであると同時に、両墓制の両墓の配置は石塔建立の民俗が村落社会で一般化する段階での埋葬墓地のあり方の相違が作り出したものということを論証しようとした。近江地方のいくつかの村落の墓制では、埋葬墓地が例外なくヤマの領域にあるのに対して石塔建立墓地が村落によって一定しないことが、両墓遠隔型、両墓近接型という両墓制の諸類型を作り出している。それに対して、関東地方などの墓制は遺体埋葬が屋敷内ないしは屋敷続きに行われていたところへ石塔建立の一般化があって、単墓制が成立したものと思われる。したがって、石塔建立の一般化の時期における埋葬墓地のあるべき場所についての観念の相違が両墓制と単墓制という二つの墓制を成立させ、日本の大きな地方差を作り出したものと考えられる。

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この地域は両墓制 https://t.co/9v5ih4Z8Oc なので(枚方の民俗,P122)お家の側にもラント墓があり、宇山村の蝦夷の統領処刑の伝承を持つ宇山1・2号墳は江戸時代祠があった(まんだ34・38号)ので、宇山村飛び地の墓の誰かを祭祀していた可能性が高い #アテルイ

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