著者
森 佳子
出版者
日本音楽学会
雑誌
音楽学 (ISSN:00302597)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.94-108, 2012-03-23

夢幻劇(フェリー)とは,構造的にメロドラムと共通の基盤を持った演劇の一ジャンルである。そもそも,18世紀末にルソーによって考案されたメロドラムはドイツで流行し,台詞とオーケストラ演奏を交互に行う形式を維持していた。しかし19世紀に入ると,フランスにおいてメロドラムは,大規模なオーケストラと舞台転換を伴った大衆的なジャンルに発展する。夢幻劇の場合,それらに加えてバレエが必ず挿入され,超現実的かつ喜劇的なテーマが扱われる。しかし,それ以上のことはあまり明らかになっていない。本稿では夢幻劇の音楽的構造を探るため,パリ・オペラ座図書館に所蔵される充実した台本コレクションに注目した。具体的には,大衆的な四劇場(アンビギュ・コミック,ゲテ,ポルト・サン・マルタン,フォリー・ドラマティック)で上演された作品の台本から,フェリーの特徴を備えているものを特定し,考察を行った。1861年(オスマンの都市改造計画によるタンプル大通りの消滅以前)までに出版されたそれらのうち,異なる時代の2作品-『青ひげ』(1823)と『500人の悪魔』(1854)を中心に全体を見ると,夢幻劇の歌唱部分は時代とともに増加し,オペラなど他ジャンルの要素を取り入れることもあったのではないかと推測される。中でも興味深いのは「パロディ」の習慣である。すなわち,一般的に夢幻劇における歌唱部分には,主に庶民層の観客を喜ばすための替え歌(パロディ)が使われるが,後になると一層増えていく。この習慣は,1807年の皇帝の勅令による劇場ジャンルへの規制に関係しているが,1850年代になってそれが緩くなった後も続いている。すなわち19世紀後半になると,メロドラムが下火になっていく一方,夢幻劇はパロディを利用して音楽部分を増やすことで生き残り,まさに構造的には広い意味での「大衆のための音楽劇」と呼ぶに相応しいものに変化したのではないだろうか。