著者
太田 仁樹
出版者
岡山大学経済学会
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.39, no.3, pp.265-278, 2007-12

本シリーズでレーニン研究をとり上げるのは,1999年の第10回「岡田和彦著『レーニンの市場と計画の理論』によせて」以来2回目である。先稿の冒頭において,日本のレーニン研究の状況について,つぎのように述べた。「「レーニン研究」と称して,自らの政治的プロパガンダをおこなおうとする著作は汗牛充棟であるが,日本の学界はレーニンを対象とする研究を数えるほどしか産出していない」(太田[1999],53)。その後8年を経過したが,レーニンを対象とする本格的な学問的研究が日本でほとんどなされていない状況はそれほど変わっていない。しかしながら,レーニン没後80年の2004年前後には,レーニンについて一部で語られる状況が現われた。上島武・村岡到編の論文集『レーニン:革命ロシアの光と影』(上島・村岡編[2005])は,2004年におこなわれたレーニン没後80年を記念するシンポジウムをもとにした著作であるが,レーニンを論ずると称して自らの政治的見解を開陳することに終始する従来型の論考も見られる。今回の「レーニン論」の若干の特徴は,かつてのレーニン礼賛の裏返しとして,レーニンに対する罵倒を重ねているが,歴史的存在としてレーニンを理解しようとする姿勢がなく,レーニンを理解するべく蓄積された研究史を踏まえず,「現代的な意義」の否定に躍起になっているところにある。方向は逆向きであるが,かつての状況の繰り返しである。ただし,この論集には森岡真史「レーニンと「収奪者の収奪」」のような本格的な研究の成果も含まれている点で今後の学問的研究の発展につながる可能性もある。同年に出版された長原豊・白井聡編の論集『別冊情況特集レーニン〈再見〉:あるいは反時代的レーニン』(長原・白井編[2005])は,外国人の論考を訳出し日本人の論考も加えた論集であるが,崎山政毅「ラテンアメリカ〈と〉レーニン」などを除けば,歴史的な存在としてのレーニンにこだわることなく,「現代」に関する自らの見解を展開したものであり,1970年代にはよく見られたスタイルの著作になっている。この意味で「反時代的」な著作となっているが,学問的研究の成果に背を向けている点では伝統的な論文集といえよう。ほぼ同じ時期に,韓国の雑誌『マルクス主義研究』第2号は「レーニン主義の現在性」という特集を組み,編集長のチョン・ソンジン自身が「レーニンの経済学批判」( [2004])という論考で、レーニンの経済理論について批判的な検討をおこなっている。チョン論文は,レーニンの理論の現代的妥当性をの存否を検証しようとするものであるが,歴史的存在としてのレーニンに関する先行する学問的研究を踏まえ,先行研究にたいして自説を対置するという,オーソドックスな手法によりレーニン理解を一歩進めようとするものであり,上記の2論集に含まれる研究史を無視した現代性の否定や称揚とは一線を画するものであり,学問的レーニン研究の前進に裨益するものである。白井氏の著作は,日本でひさびさに現われたレーニンに関する単著である。白井氏は上記の『別冊情況』の編者でもあり,レーニンの現代性を称揚する立場に立つ点で,伝統的レーニン論者の一タイプであるといえる。この著作もレーニン礼賛本の一種と言ってよいが,従来の礼賛本とは異なったものが見受けられ,レーニン受容の現代的特徴を示すものとなっている。
著者
盛 真依子
出版者
岡山大学経済学会
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.39, no.3, pp.223-244, 2007-12

本稿の目的は,「ワシントン・コンセンサス」をベースとした1990年代のIMF・世銀による途上国に対する政策が,1990年代後半の厳しい批判によってどのように修正されたのか,またその修正された政策は開発途上諸国の希望する改革と矛盾せず,すり合わせが可能であるのかを検討することである。本稿では,検討の対象としてラテンアメリカの国々を選んだ。IMF・世銀が,1980年代末から1990年代前半にかけてラテンアメリカをはじめとする開発途上諸国に対して要求した「新自由主義」に基づく政策の思想的ベースは「ワシントン・コンセンサス」と呼ばれる。西側政府機関,民間金融機関も初めはこの方針と共同歩調をとったが,1990年代後半からこの政策の問題点が頻繁に指摘されるようになった。現在,開発途上諸国では,自由化による経済成長戦略より,貧困問題などの社会問題をより重視する傾向が強まってきている。この傾向に沿ってIMF・世銀はその政策を柔軟に変化させようとしている。こうした潮流の変化の中で,IMF・世銀は「ワシントン・コンセンサス」の問題点を修正しながら開発途上諸国支援を続け,一定の成果を修めてきている。一方で,開発途上諸国においても新しいコンセンサスや経済の仕組みが提示されている。本稿では,このようなIMF・世銀内外で活発化している「ワシントン・コンセンサス」後の新しい改革を模索する動き全体を「ポスト・ワシントン・コンセンサス」と称することにする。本稿では,まずはじめに「ワシントン・コンセンサス」が形成された背景を簡単にまとめる。次に,IMF・世銀の政策変化,IMF・世銀の政策に対する批判を検討する。そして,「ワシントン・コンセンサス」に対するオルタナティブとしての性格を持つ中南米における経済再生プログラムを整理・分析し,これらが理念的・政策的にIMF・世銀の政策と対立するものなのか,または相互補完的な性格を持つものなのかを考察する。In this article, the author intends to analyze so called the "Post−Washington Consensus", the recent economicpolicies after the criticism of the "Washington Consensus". The author defines the "Post−WashingtonConsensus" in the wide sense, which includes : slightly reformed policy of IMF and the World Bank, critical opinions on the policies of these international financial institutions from the liberal economists, alternativetheories and policies, which are criticizing neo−liberal economics ("anti−IMF/World Bank Washington Consensus"). In the last of these groups, the author analyzes especially Latin Americans economic programs and policies as one of the "Post−Washington Consensus". The author outlines the "solidarity economy" and the "Buenos Aires Consensus", and analyzes that these concepts could be supplementary, not always antagonistic to the "Post−Washington Consensus" of IMF and the World Bank.In Chapter I, the author reviews the "Washington Consensus" and its problems. Chapter II shows the criticismof the "Washington Consensus" in IMF/World Bank, criticism from the liberal economists, and the "anti−IMF/World Bank Washington Consensus" (mainly "the solidarity economy" and "the Buenos Aires Consensus" in Latin America). Chapter III compares these concepts and discusses the supplemental or antagonistic aspects ofthese polices.
著者
黒川 勝利
出版者
岡山大学経済学会
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.49-67, 2010-09

In September 1921, the Seattle Progressive Citizens' League was formed with the help of the North American Japanese Association. Led by Haru Osawa, the Secretary, the League started various activities to increase the political awareness of the second-generation Japanese Americans. Haru's eagerness and leadership ability aroused the hope of people for the future of the League. George Yamaoka, the Secretary of the University Student Club, was also eager for the empowerment of the status of the Japanese Americans in those years. In November 1923, however, Haru Osawa departed this life too young. George Yamaoka also left Seattle to go on to the graduate school in Washington D.C. After the death of Haru Osawa, the League continued to try to improve the conditions of the Japanese Americans in Seattle. It made efforts to increase the membership. It tried to increase the voter turnout of the Japanese Americans. And it sent delegates to the conference of the American Loyalty League, its counter part in California. The vigor of the years when Haru Osawa had been leading the League, however, was gradually lost. In 1928, James Sakamoto began to publish the Japanese American Courier and the League was reorganized under the leadership of Clarence Takeya Arai.
著者
石田 聡子
出版者
岡山大学経済学会
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.1-21, 2007-06

EU は,域内における地域間の社会的・経済的地域格差の是正を目的とする地域政策を実施している。このEU の地域政策は,各国が個別に取り組んでいる地域政策とは異なり,共同体レベルで取り組む地域政策である。EU の地域政策を実施するための資金提供手段として,欧州地域開発基金(ERDF)・欧州社会基金(ESF)・欧州農業指導保証基金(EAGGF)などから構成される構造基金があり,EU の地域政策の対象地域は,この構造基金からの援助を受けて地域開発プログラムを実行する。構造基金からの援助には,加盟国側からの発案プロジェクトに対する援助と,欧州委員会による発案プロジェクトに対する援助(共同体イニシアチブ)の2種類がある。共同体イニシアチブでは,欧州委員会によって地域開発プログラムのガイドラインが策定され,加盟国は提示されたガイドラインにしたがってプロジェクトの提案を行う。このように,共同体イニシアチブとは共同体が主体となって取り組む地域政策である。本稿で取り上げるInterreg は,共同体イニシアチブ事業の一つであり,国境を越えた地域間協力を促進させることを目的として実施されているプログラムである。Interreg は,Interreg I(1990-1993),Interreg II(1994-1999)を経て、Interreg III(2000-2006)までが実施されている。Interreg III にはA,B,C の区分があり,III A は国境を挟んで隣接する地域間協力(cross−border cooperation),III B はIII A よりも広い範囲を対象とする域内協力(transnational cooperation),III C はヨーロッパを大きく東西南北の4つに区分した地域を対象とする域内協力(interregional cooperation)である。そのうちIII A の主な目は,EU 域内の国境を越えた協力関係を促進することで,EU 域内の統合を深化させることであるが,EU 域外諸国の国境地域との協力関係も対象としている。本稿の対象となるスイスはEU 加盟国ではないが,EU の隣接国としてInterregプログラムに参加している。スイスのInterreg への参加は,ヨーロッパへの統合および地域発展のためのスイス側の政策の一つであり,国境を越えた協力関係の強化,地域の競争力の強化を目的としている。この背景には,EUの拡大およびヨーロッパの政治的・経済的・社会的統合の深化,それに対するスイスの孤立化という状況がある。スイスは,1960年に設立された欧州自由貿易連合(EFTA)の設立当初からのメンバーであるが,EFTA 加盟国が次々にEU に加盟しEFTA を脱退した結果,現在のEFTA 加盟国は,スイス,アイスランド,ノルウェー,リヒテンシュタインの4カ国のみになっている。1994年,EFTA はEC と共に欧州経済地域(EEA)を発足させたが,スイスでは1992年に行われた国民投票によってEEA協定の批准が否決され,EFTA 加盟国の中で唯一のEEA 不参加国となった。また,EEA 協定批准が否決された結果,EU への加盟交渉も棚上げになった。周囲をEU 加盟国に囲まれ,またEU 諸国との関係が深いスイスにとって,ヨーロッパ統合の流れから孤立することは,特に経済的な面から大いに懸念される問題である。このためスイス政府は,EU およびEEA への不参加によって被る不利益を避ける目的で,EU との間で分野別二国間協定を交渉・締結している。スイスのInterreg プログラムへの参加も対EU 政策の一つであり,特に,隣接諸国との国境地域における国境を越えた協力関係を強化することによって,国民のEU への統合に対する否定的な意識を変えようという意図を持っている。スイスの国境地域で展開されているInterreg プログラムには,(1)バーゼルを中心としたドイツ,フランス,スイス国境地域からなるオーバーライン地域,(2) ドイツ・オーストリア・スイス・リヒテンシュタインを含むアルペンライン地域,(3)フランス・スイス国境地域,そして(4)イタリア・スイス国境地域の4プログラムがある。スイスが関与するInterreg の研究としては,(1)について越境地域連携と構造を分析した伊藤(2003),八木・若森(2006),(3)についてジュラ地域とレマン地域の越境地域間協力の実態を示した清水・石田(2006)がある。これらの研究は,各地域での歴史的経緯,地理的条件,経済状況といった地域特性や,これまでの越境協力活動の経験が,国境地域での協力構造やプログラムの実施状況に影響を与えていることを明らかにしている。伊藤(2003)によれば,オーバーライン地域ではバーゼルを中心とした地域経済圏が形成されていたことから,まず民間主導で越境地域連携が組織され,国-州・県レベルといった政府レベルの地域連携へと展開していった。そしてこの地域における連携は,1990年代以降,Interreg プログラムによって発展していったことが指摘されている。この地域の越境協力ガバナンスの特徴としては,ドイツ,フランス,スイスの越境連携組織構造の間の同一性,対等性があげられるが(伊藤,2003),各国ではその運営に差異が見られ,各州の分立性が高いスイス,州政府と自治体(中心都市であるフライブルク市)が中心となっているドイツ,地方の自立性が弱く中央集権的なフランスといった特徴が反映されていることが指摘されている(八木,若森,2006)。フランス・スイス国境地域を研究した清水・石田(2006)では,地理的要因から相互の交流が乏しかったジュラ地域と歴史的にも緊密な関係が存在していたレマン地域とでは,Interreg プログラムの進展や意義に相違があり,ジュラ地域ではInterreg によって協力関係が組織されるようになったのに対し,レマン地域ではInterreg は地域協力をさらに発展させる役割を果たしていることが指摘されている。本稿では主にInterreg II プログラムの事後評価報告書(LRDP,2003b),およびInterreg III A プログラムの事前評価報告書(Region Lombardia et al.,2001),中間評価報告書(IRS,2003)に基づいて,イタリアとスイスの国境地域における地域間協力の実態を示すことにしたい。対象となる地域は,イタリアとスイスの国境地域の全域をカバーしており,フランス・スイス国境のジュラ地域と同様に,山脈が両国を隔てる自然障壁となっている。北部と南部とでは地理的・経済的特性が異なっており,さらに,東西に長く伸びた対象地域内には3つの言語圏が存在しているという複雑な状況を抱えている。同じように地域内に地理的・歴史的特性の違いを持つフランス・スイス・プログラムは2つのサブプログラムに分けられているが,イタリア・スイス・プログラムは単一のプログラムとして実施されている。以下では,イタリア・スイス間のInterreg プログラム対象地域の地理的・経済的特性を説明した上で,第3節ではInterreg II A プログラムを概観し,問題点を示す。第4節ではInterreg III A プログラムのガバナンスと資金管理の構造,Interreg 事業の現状について示す。The Community Initiative Interreg program, regional policies of the EU, started to promote cross−bordercooperation between the constituent countries. By taking up one of them, the Interreg program that covers theItaly−Switzerland border region, this paper examines the actual state of the cross−border cooperation and problems that entail in the implementation. The research suggests that the concerted efforts have made great contribution to the development of the region, where exchanges between the two sides were traditionally hampered by the Alps that divide them. It also suggests a success of the joint administrative structure, which was formed by addressing the problems emerged from other programs implemented earlier. However, the program is considered still on the beginning stage with some problems remained unsolved. Some come from difference in their EU membership status : Financial resources are not equally available to them : For example, Italy, a EU member, receives financial assistance from ERDF(European Regional Development Fund), while Switzerland, a non−member, cannot. Necessity of streamlining of the project implementation is also suggested : Despite the joint administration, specific projects have to go through duel procedures before starting them, where they are required of approval of each county. Thus, the research indicates a need of dealing with these and other problems to further promote the development of the region.
著者
小西 範幸 藤原 華絵
出版者
岡山大学経済学会
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.31-61, 2008-06

公正価値測定でのディスクロージャーは,財務報告の利用者にとっては有用性が高い。しかし,個々の会計基準において用いられている公正価値測定の会計処理が異なっているため,それらの比較可能性や信頼性が保たれていない。そのためか,公正価値測定の導入拡大に対して懐疑的な見解が見受けられる。本稿の目的は,国際会計基準審議会(IASB)が2006年11月に公表した討議資料「公正価値測定」1(IASB DP)において収められている公正価値測定に関する予備的見解を分析することにある。この予備的見解は,公正価値測定の首尾一貫した会計上の手続きを行うために,米国の財務会計基準審議会(FASB)が2006年9月に公表した財務会計基準書第157号「公正価値測定」2(SFAS157)を出発点として,換言すれば,叩き台として展開されている。そこで,本稿では,SFAS157との比較によって明らかにした論点を通して,予備的見解の理解を進めていくことにする。SFAS157の公表までには3つのステートメントが公表されていた。それは,2004年6月公表の公開草案「公正価値測定」3(ED),2005年10月公表のワーキングドラフト「公正価値測定」4(05WD),2006年3月公表の改訂ワーキングドラフト「公正価値測定」5(06WD)である。本稿では,これらのSFAS157公表までの過程で変遷していったいくつかの論点を整理し,それら変遷の理由の検討を通して,さらに予備的見解の理解を深めていくことにする。これらの理解は,公正価値測定でのディスクロージャーをどのように拡大していくべきかについての検討の手がかりとなる。
著者
新庄 浩二 張 星源
出版者
岡山大学経済学会
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.36, no.4, pp.447-461, 2005-03

本研究では,まず,日米の産業別のIT 投資構造を比較分析し,日本産業をIT 生産・使用セクター及び非IT セクターに分類した。そのうえで,こうしたセクターの間,及び日米間の労働生産性の差異を検討した。それと同時に,セクター毎にVAR モデルを用いて,IT 投資の日本産業への生産効果に関する因果関係を分析した。主な結果は以下のように要約できる。日米の比較では,米国のIT セクター部門シェアは日本を大きく上回り,且つ労働生産性の成長率も90年代後半に目立って上昇している。日本の労働生産性成長率では,IT 製造業とIT サービス業が非IT の両部門を上回る傾向にある。IT 投資の生産性成長に対する因果関係は検証されなかったが,労働生産性の上昇がIT 投資を促進するという関係が認められた。また,サービス業におけるIT 投資成長率は,IT 部門と非IT 部門ともに製造業でのIT投資成長率によってプラスの影響を受けることが示された。In this paper, we present comparisons of labor productivity growth between the IT sector and Non−IT sector in Japanese industries, and investigate the causal relationships between IT investment growth and labor productivity growth in both sectors. Based on VAR approach, our findings indicate that IT investment is not causing, but being caused by labor productivity growth, and show that the causality relationship exists from the IT investment in manufacturing industries to that in service industries.
著者
松尾 展成
出版者
岡山大学経済学会
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.73-109, 2008-09-10

第13節全国償却委員会文書第6308号 (1) 賦役・放牧権・貢租などの償却協定 (2)償却年地代・一時金合計額 第14節全国償却委員会文書第6476号 (1)放牧権償却協定 (2)償却年地代・一時金合計額 第15節全国償却委員会文書第6827号 第16節全国償却委員会文書第15558号 第17節全国償却委員会文書第16103号 (1)[抵当]認可料償却協定 (2)償却年地代・一時金合計額 第18節封建的諸義務償却一時金の集落別合計額 (XIII) Ablösungsrezeß Nr. 6308 der Generalablösungskommission(1) Frohn− Hutungs− Zins− pp. Ablösungsrezeß(2) Gesamtsumme der Ablösungsrenten und −kapitalien(XIV) Ablösungsrezeß Nr. 6476 der Generalablösungskommission(1) Huthungsablösungsrezeß(2) Gesamtsumme der Ablösungsrenten und −kapitalien(XV) Natural− und Geldzins− sowie Dienstablösungsrezeß Nr. 6827 der Generalablösungskommission(XVI) Geldgefälle−Ablösungsrezeß Nr. 15558 der Generalablösungskommission(XVII) Ablösungsrezeß Nr. 16103 der Generalablösungskommission(1) Gunstgeld− und Kaufschilling−Ablösungsrezeß(2) Gesamtsumme der Ablösungsrenten und −kapitalien(XVIII)Gesamtsumme aller Grundlastenablösungskapitalien nach den pflichtigen Orten
著者
Springer Rudolf 太田 仁樹
出版者
岡山大学経済学会
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.77-97, 2006-06

序説(第37巻第3号)第1篇問題(第37巻第3号)第2篇民族的理念の公準第1章民族的区分(第37巻第4号)第2章民族的理念の法的公準(本号)第13節個人の権利第14節民族全体第15節国家に対する民族の法的位置第16節民族的権利の内容第17節公準の概観第3篇秩序ある国家行政の公準(以下,次号)第4篇国家的公準と民族的公準の妥協第4篇民族的自治と国家連合の実現としての多民族=連邦国家付録
著者
藤井 大児
出版者
岡山大学経済学会
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.39-50, 2007-03

本稿は,経営学の分野で,比較事例分析という研究方法が,どのように理論産出に貢献しうるかを考察することを目的とした作業の一部である。経営学の文脈では,実証的研究方法として事例研究が頻繁に実施されている。しかしながら,成果として提出される理論がどの程度妥当なものと認められ得るのかについて,常に批判に晒されるリスクを負っている。単純ではあるけれども,もっとも強力な批判の矛先は,ごく少数の事例を見ただけでは,仮説の検証という意味では心もとない,というその一点に向けられている。確かに事例研究に対する擁護者は存在するけれども,投稿論文でも「仮説」という用語を論文に用いるや否や,匿名査読者から例外なく容赦ない批判を浴びせられるのが現実である。そもそも事例研究は,仮説の普遍的妥当性を主張するものではない。登場する行為者の目的や動機,さらに行為者間の相互作用過程にまで踏み込んだ,内部一貫した論理展開を行うことのほうが,経営現象をより深いレベルで理解できるはずだという認識が,その主張の根底に流れている。事例分析を行う研究者は,仮説の検証ではなくて,理論産出を目指すのが良いと言い換えられるかもしれない。この目的に照らせば,既存の研究蓄積との対比で問題が提起され,理論的主張に対して事例記述が例証と位置づけられることによって,事例研究は成り立つことになる。ただしその主張にたどり着くまでの調査過程で,どのような問題を提起し,どのような主張を展開すべきなのかに迷ってしまうことがある。というのは,しばしば事例記述のためのデータ収集には長い時間と多大な労力がかかるために,どこに向かうべきなのか「腹を括る」よりも前に実質的な試行錯誤を始めざるを得ないからである。毎日図書館に通って,高度経済成長の最中に出版された(しかも開けばまだ真新しい)新聞の縮刷版をひっくり返したり,やっとの思いでキー・パーソンへのアクセスがかなったにも拘わらず,気の利いた質問のひとつもぶつけられずに悔しい思いをしたり,調査協力者に内容確認を依頼した結果,公表を辞めるよう求められたり,どこに向かうとも知れない憂鬱な作業は続く。さらにその事例については他の誰よりも詳しく通じてしまった結果,理論的な整理が付かないまま膨大な事実を草稿の中で列挙してしまうというのも,多かれ少なかれ誰にでもあり得る。これらのことが定性的な研究方法は「職人仕事」であると皮肉られる理由にもなっており,とくに仮説検証を重視する人々にとっては,追試可能性の低さと結びつけて,格好の批判材料を提供することになる。本稿の意図が,こうした見解に加担することではないのは言うまでもない。しかしながら,筆者自身が事例研究を行う立場だからこそ,それがあまりに感性とか根性論に訴えねばならないもののように思われて,歯がゆい思いをすることも多いのである。以上のような試行錯誤のプロセスは,研究者として駆け出しの間は当然避けられないものだけれども,標準的とは言わないまでも「何かしら有意義な理論の産出に辿りつくまでに最低限やっておくと良いこと」という意味での研究作法があればこそ,研究者コミュニティ全体での知識の効率的蓄積が可能というものである。その研究作法が,産出された理論の確からしさを一定程度保証してくれる方法論的配慮がなされたものであれば,より望ましい。ここで有用なアドバイスが,グレイザー・シュトラウス(1967)に求められる。理論産出に主眼を置き,「理論的サンプリング」による絶えざる比較法を用いることで,研究者の着眼は理論的にも有意味な構成概念へと昇華させることができると示唆されている。理論的サンプリングとは,まず十分な分散を確保したデータがあることを前提としたランダムサンプリングとは対照的に,理論的に有意義と考えられる比較対象を分析者が意図的に選択し,比較分析を何度も繰り返すことで,新たな構成概念を発見するというものである。ただし残念なことに,この文献は一読して理解できるという性質のものではない。読者が自らの経験や知識を当てはめながら少しずつ解釈を加えていかないことには,著者の豊かな含意を捉え損なうものである。そこで筆者は,いくつか参考になりそうな文献を渉猟しながら,比較作業が理論の産出という研究作業にどのような指針を与え,最終的な理論的主張に対して方法論的な正当性をどのように与えうるのかを議論することにした。筆者自身は経営学を専攻としており,グレイザーらは医療現場を分析対象としている社会学者であるので,両者の認識ギャップを埋める作業は容易ではない。いくらか遠回りのようではあるけれども,まず本稿では経営学者としてグレイザーらの所論に依拠しつつ,実際に比較事例研究を実践した研究者の著作に当たることから始めようと考えている。続いて次稿以降では,グレイザーらの研究領域である医療現場の社会学を対象にして,彼らの意図するところをより深く掘り下げていくことを予定している。最終的には,筆者自身の立場を明らかにする作業が必要になるけれども,それはもう少し先のこととなろう。本稿は,いわば先人の研究実践を事例研究することを通じて,筆者なりの研究作法を探る試行錯誤プロセスの一環であり,相撲で言えばぶつかり稽古のようなものである。
著者
玉井 康之
出版者
岡山大学
雑誌
岡山大学経済学会雑誌 (ISSN:03863069)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.749-775, 2000-03

"The Rate of School Attendance" is different between in a rural area and in an urban area from 1880 to 1905 in Japan. And "the Rate SchoolAttendance in the urban area is reduced to decrease relatively, because poor students are piled in an urban city. We can understandreorganization of the community by observing changing rates of school attendance.