著者
今村 一子
出版者
信州大学
雑誌
信州大学留学生センター紀要 (ISSN:13467433)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.45-59, 2002-03

「は」と「が」の使い分けは言語学的にも日本語教育においても難しい分野である。現在この両者の使い分けの原理としていくつかが挙げられているがそれらは取り立て助詞としての「は」の用法から必然的に生み出されたものである。この用法からの「は」の性格に格助詞である「が」がほぼ対立的な特徴を持って対峙しこれらの原理を構成している。この時「が」は単なる格助詞としての役割を越えた特殊なニュアンスや用法を持つようになる。主題文が文型として確立している日本語では、その教育現場において「は」の主題を提示する用法を分かりやすい文型の登場に合わせて積極的に教えてゆく必要があると同時に「が」の文は基本的に情報の原理を使うことでより広く使い分けの問題に対応できるのではないか。
著者
上條 厚
出版者
信州大学
雑誌
信州大学留学生センター紀要 (ISSN:13467433)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.13-24, 2002-03

動詞の優しい命令形、タベリ(食べなさい)・ミリ(見なさい)等と、勧誘形、タベリヤ(食べよう)・ミリヤ(見よう)等の使用に関して、長野県およびそれに隣接する地域の若年層について調査した。これらの形は中信地方とそこに隣接する岐阜県の市町村でよく使われることが分かった。長野県内は中信地方以外の地域でも少し使われる。優しい命令形と勧誘形の両方をよく使うのは、中信地方の中央の地域である。その周辺に勧誘形のみ使う地域がある。木曽郡とそれに隣接する岐阜県の市町村では、ほとんど優しい命令形のみが使われる。岐阜県のものは長野県境方面から広がったことが可能性として考えられる。
著者
青柳 にし紀 山本 もと子
出版者
信州大学留学生センター紀要
雑誌
信州大学留学生センター紀要 (ISSN:13467433)
巻号頁・発行日
no.7, pp.45-62, 2006-03
被引用文献数
1

信州大学留学生センター研修コース、第12期授業「教室外活動」の実際を報告する。本授業はプロジェクトワークの活動を中心に組み立て、学習者の主体性を重視しながら実社会の日本人や生の日本語に触れることを目的とした授業である。第12期(2005年前期)「教室外活動」(水曜日午後)では試験的に授業前アンケートを実施し、学習者が日本文化の体験を多く望んでいたことから、日本文化の体験を中心に授業を組み立ててみた。さらに、学習者自身が授業の企画に携わり、教師の指導を受けながらも自律的に見学場所を決定し、実際に見学先の日本人と実行上の交渉に当たるなどの活動を取り入れた。その結果、学習者にやりがいを与えることができた反面、時間的、経済的負担が大きいなどの問題も生じた。授業前アンケートの結果を重視しすぎたとの反省から、今後は教師から提示する活動と学習者の希望を取り入れる活動とを分け、両者に検討を加えて授業を組み立てるべきだと考える。
著者
中村 純子
出版者
信州大学留学生センター紀要
雑誌
信州大学留学生センター紀要 (ISSN:13467433)
巻号頁・発行日
no.7, pp.13-24, 2006-03

長野県上伊那地方で使われている方言終助詞「ニ↑」の意味を、「ヨ」、「ジャン」と比較し、明らかにすることを目的とする。「ニ↑」は聞き手が共通認識を持ってしかるべきだという文脈で、聞き手の共通認識の欠落に対して、話し手が共通認識を要求する標識である。「ヨ」は「ニ↑」と同様、話し手と聞き手との間に認識のギャップがあることが前提にあるが、聞き手に対して、「共通認識を持ってしかるべきだ」という話し手の意識はない。「ジャン」は「ニ↑」、「ヨ」とは逆に話し手と聞き手の認識のギャップがないことが前提となっている。
著者
中村 純子
出版者
信州大学留学生センター紀要
雑誌
信州大学留学生センター紀要 (ISSN:13467433)
巻号頁・発行日
no.1, pp.1-11, 2000-03

本稿では終助詞に男性語と女性語の別があるのは使用者のイメージが語に刷り込まれた結果であると捉える。従って用法によって想定される使用者の性が異なれば同じ終助詞でも男性語・女性語が異なることになる。この立場から終助詞の男性語、女性語が基本体とデス・マス体においてどのような異なりを示すかを記述した。その結果、基本体とデス・マス体で男性語・女性語に異なりのない終助詞、異なりのある終助詞に大別された。異なりのある終助詞でも基本体とデス・マス体で性提示が全く異なる終助詞は見られなかった。
著者
山本 もと子
出版者
信州大学
雑誌
信州大学留学生センター紀要 (ISSN:13467433)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.19-31, 2004-03

日本語の謝罪表現には様々な種類があるが、代表的なものは「すみません」「ごめんなさい」の二つである。これらはまったく同じ条件の下で発話されるわけではない。話し手は発話する前に、意識的または無意識的に、謝罪するに至った状況や話し手と聞き手との人間関係を判断し、どの表現を使用するか選択している。そこで、テレビドラマのシナリオから「謝罪」と取れる表現をすべて抜き出し、これらをウチ。ソト。ヨソの関係に分類し、次いで性差、年齢差に分けて分類した。その結果、女性より男性、年上より年下の方が謝罪する回数が多いことが分かった。また、社会的立場が弱い方が強い方より謝罪する回数が多く、立場が強い方が謝罪する場合、「すみません」はほとんど使用しないことが分かった。
著者
山本 もと子
出版者
信州大学
雑誌
信州大学留学生センター紀要 (ISSN:13467433)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.1-13, 2003-03

「感謝」と「謝罪」という異なった言語行動が日本語では両方とも「すみません」で表現できるという事象を、Brown and Levinson(1987)が「感謝」と「謝罪」をFace Threatening Act=FTA として同じカテゴリーに分類していることを切り口に「丁寧さのストラテジー」によって説明する。そして、日本語学習者用テキストやドラマのシナリオから感謝の意味を持つ「すみません」と「ありがとう」との使い分けを分析し、特に日本語では話し手と聞き手の相対的力関係や社会的規範がこれらの言語行動の違いに強く影響していることを言及する。また、アンケートの結果から、近年では感謝の気持ちを表すのに「すみません」より誤解の少ない「ありがとう」を用いる者が多いことが明らかになった。
著者
熊 崎 さとみ
出版者
信州大学
雑誌
信州大学留学生センター紀要 (ISSN:13467433)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.139-149, 2003-03

1990年の入管法改正以来増加してきた就労目的のブラジル人の在住に伴い問題となってきたのが、彼らの子供たちの就学問題である。その現場において生じている様々な問題を明らかにする為に行なった調査において、先生方やブラジル籍児童・生徒の保護者計149名から寄せられた回答によると、①日本全体での統一マニュアルの作成 ②日本文化・教育システム・学校制度・集団生活についてのガイダンス ③専門スタッフの常設(日本語教育・異文化理解のアドバイザー,カウンセラー)④サポート体制の充実(通訳,翻訳)⑤帰国後、ブラジルへの再順応を見越してのことば・教育・文化についての指導、という5点が、主に現在必要とされていることが分かった。