著者
桑名 義晴 岸本 寿生
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
パーソナルファイナンス学会年報 (ISSN:18843328)
巻号頁・発行日
no.9, pp.39-50, 2009-10-15

本稿は、アジア、とくに台湾、香港、タイの3地域の消費者金融市場の現状と特徴を考察し、そこにおける日系消費者金融企業の事業展開の現状を分析し、その問題点とビジネスの可能性について研究することを目的としている。台湾の消費者金融ビジネスは、1985年のシティバンクによるクレジットカード事業が端緒である。その後、台湾の金融機関がクレヅット事業に相次いで進出し、2000年頃にピークを迎える。しかし、多重債務問題が表面化したため、上限金利の引き下げが行われ、ローン事業は縮小する。また日系企業は1991年に自動車ローン事業を行い、その後現地の銀行と提携して信用ビジネスを始めるが、規制強化とともに収益性が悪化し撤退する。台湾は、与信データが整備されており、消費者金融へのニーズもあるが、規制が厳しく、ローンの規模が小額であり、消費者金融の収益性が低いのが特徴である。香港では、早くから消費者金融ビジネスが行われており、日系企業も1970年代に参入している。1981年の銀行法の制定により、銀行やノンバンクなど、多くのプレイヤーが参入した。近年では大手企業のシェアが高くなっているが、依然競争は厳しい。香港市場は成熟しているが、中国本土への進出を果たしている企業もあり、新しい事業展開の可能性が存在している。次に、タイでは1990年の金融の自由化により、消費者金融市場が発展した。しかし、アジア通貨危機により市場が縮小し、さらに参入規制がなされた。日系企業は2社進出しており、1社は現地企業と提携し広範にビジネスを展開している。もう1社は、単独進出であり、特定の顧客をターゲットに堅実なビジネスを行っている。これら3地域の現状を踏まえて、消費者金融企業が海外進出を行う際の分析フレームワークを検討した。最初に、現地市場の規模を決定する以下の3つのファクターを提示した。「顧客(市民)の消費者金融への理解度」、「消費者金融の自由化度」、「企業の事業展開力」である。これらのファクターのレベルから、進出対象国の市場の大きさが決まる。しかし今回の調査研究によって、市場規模が消費者金融ビジネスの規模と一致するのではなく、政府-顧客(市民)、顧客(市民)-企業、政府-企業の関係性が消費者金融ビジネスに影響を与える、というコンセプトを提示した。現地市場の規模、政府、顧客(市民)、および企業の関係性が、消費者金融企業の海外進出戦略の成否を決定するといえるのである。
著者
陳 足英
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
パーソナルファイナンス学会年報 (ISSN:18843328)
巻号頁・発行日
no.9, pp.51-59, 2008

中国の庶民金融は「合会」といい、台湾では合会や互助会を会仔(wheai)ともいう。「合会」は、庶民の相互扶助的な金融組織という点では日本の頼母子や無尽、沖縄の模合と性質を同じくする組織である。1990年以前の台湾の金融機関は、ほとんど日本植民地時代からの金融機関および国民党の台湾移動とともに中国本土から移転してきた金融機関から形成されていた。当時の台湾の銀行は保守的で、担保物件の少ない中小企業と零細企業に対しては冷淡で、銀行から融資を受けることが難しかった。そのため台湾では、民間の庶民金融の「合会」が普及していった。ある調査によると、台湾人が「合会」に参加する率は85%に達していた。1999年7月のアジア金融危機から台湾の金融構造が変化し、国内企業の資金調達は多元的になり、銀行の融資額が減少し業績は下降傾向となりその業務は消費者金融に移ってきた。近年、台湾ではプラスチック貨幣(信用カード【クレジットカード】)が急速に普及している。台湾の消費者信用産業の市場規模は2004年6月の6,631億(台湾元)から2005年7月の8,056億(台湾元)と急激に拡大した。そのうち無担保で小口現金(現金カード)を貸し付ける消費者金融市場は1,934億(台湾元)から3,067億(台湾元)となった。「現在台湾のクレジットカードの負債は400億台湾元、50万人がクレジットカードの負債でどん底に落ちている(永無翻身)」。
著者
飯田 隆雄
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
パーソナルファイナンス学会年報 (ISSN:18843328)
巻号頁・発行日
no.10, pp.89-108, 2010-09-10

2006年12月13日に国会を通過した改正貸金業法が北海道経済に与える影響を、北海道開発局(2004)の『平成12年北海道産業連関表33部門北海道産業連関表及び各種係数表』を利用して、以下のような政策の生産誘発額の総合波及効果と雇用誘発効果を計測するとによって、制度改革に内在する問題点を明らかにしたい。なお、ここでは以下、生産誘発額の総合波及効果及を単に経済効果、雇用誘発効果を雇用効果とぶ。さて、この改正貸金業法についての議論は社会政策の側面と経済政策の側面に分けて議論しなければならないが、多くの場合これらが混同されている。本稿では、特に、経済政策の側面から取り上げ、地域経済への影響を名目GDP成長率に換算して考察する。まず、制度改革による影響を、(1)個人向け無担保貸金業の上限金利規制のケースについて、(1-1)金利20%超のケースと(1-2)貸付残高全体のケースに二分し、マイナスの経済効果を分析する。(2)総量規制が完全実施された場合(総量規制については、2008年度完全実施されたとして)のマイナスの経済効果を分析する。次に、(1)(2)の比較の対象として、(3)2009年度支給された定額給付金のプラスの経済効果を分析する。第一段階として、ザックリと概算推計する。分析対象年度間の貸付残高の減少額を、無担保貸金業者の最終財としてのサービスに対する需要の減少分と捉えた。そこで、この数値を産業連関表の「金融・保険」部門に(無担保貸金業者への最終消費支出の減少分として)入れて、マイナスの経済効果を計測した。第二段階として、(1)(2)では消費者(個人)に焦点を当てて、貸付残高の減少額に随伴する最終需要(消費支出)の減少額を、大阪府のアンケート調査(コミュニケーション科学研究所編(2009)「消費者金融からの借入の主な利用目的(大阪府)」『貸金業者等動向調査事業第1回中間報告』<修正版>(2009年12月10日))を利用して、消費者行動にそくして、産業連関表の各部門に按分する方法で予測し、マイナスの経済効果を計測した。(3)では国立社会保障・人口問題研究所編(2007)「都道府県別の男女別年齢5歳階級別人口推計結果のほか、推計結果の一部を都道府県別一覧表にしたものを含む」『日本の都道府県別将来推計人口』(平成19年5月推計)から給付金額の異なる年齢の人口を確定し、給付総額を推計した。また、総務省ホームページ(2009)の統計データの「総世帯」の「(再掲)可処分所得に対する割合・平均消費性向(%)」にある平均消費性向、平成21年4月〜6月64.9%、7月〜9月72.2%、10月〜12月52.0%の平均値をもとに、ここで利用する消費性向0.63を確定した。その結果、(1)上限金利規制(1-1)金利20%以上の概算推計ベースでは2005-2006年度名目GDP成長率マイナス0.14%、雇用誘発効果マイナス1,796人、2006-2007年度名目GDP成長率マイナス0.33%、雇用誘発効果マイナス4,180人、2007-2008年度名目GDP成長率マイナス0.29%、雇用誘発効果マイナス3,652人、アンケート調査ベースでは、2005-2006年度名目GDP成長率マイナス0.13%、雇用誘発効果マイナス5,137人、2006-2007年度名目GDP成長率マイナス0.30%、雇用誘発効果マイナス11,935人、2007-2008年度名目GDP成長率マイナス0.26%、雇用誘発効果マイナス10,426人、(1-2)金利全体の概算ベースでは2005-2006年度名目GDP成長率マイナス0.15%、雇用誘発効果マイナス1,992人、2006-2007年度名目GDP成長率マイナス0.33%、雇用誘発効果マイナス4,220人、2007-2008年度名目GDP成長率マイナス0.31%、雇用誘発効果マイナス3,872人、アンケート調査ベースでは2005-2006年度名目GDP成長率マイナス0.14%、雇用誘発効果マイナス5,481人、2006-2007年度名目GDP成長率マイナス0.30%、雇用誘発効果マイナス12,050人、2007-2008年度名目GDP成長率マイナス0.28%、雇用誘発効果マイナス11,057人、となった。(2)総量規制概算推計で総量規制に抵触するうちの16%が借入を拒否されるとすると名目GDP成長率マイナス0.20%、雇用誘発効果マイナス2,477人、20%が借入を拒否されると名目GDP成長率マイナス0.28%、雇用誘発効果マイナス3,448人となる。アンケート調査ベースでは16%が借入を拒否されるとすると名目GDP成長率マイナス0.19%、雇用誘発効果マイナス7,597人、20%が借入を拒否されると名目GDP成長率マイナス0.25%、雇用誘発効果マイナス10,100人となる。(3)定額給付金概算推計では給付金の平均消費性向が20%なら、名目GDP成長率プラス0.12%、雇用誘発効果プラス1,446人、給付金の平均消費性向が63%なら、名目GDP成長率プラス0.37%、雇用誘発効果プラス4,556人となる。消費コンバーターベースでは給付金の平均消費性向が20%なら、名目GDP成長率プラス0.10%、雇用誘発効果プラス2,442人、給付金の平均消費性向が63%なら、名目GDP成長率プラス0.30%、雇用誘発効果プラス7,695人となる。上記分析は2010年6月から改正貸金業法が完全実施されると、上限金利規制と総量規制の2008年度ベースは概算推計合計マイナス0.51%(16%破綻)、アンケートベースでマイナス0.49%(16%破綻)の名目GDP成長率であり、新規失業者に至っては、概算推計で6,349人(16%破綻)、アンケートベースで18,654人(16%破綻)となった。また、本稿では消費者向け無担保貸金業者貸付残高のみを分析したものであり、ここでは、2008年度ベースで、貸金業の総貸出残高(378,467億円)の約17%(65,865億円)の貸出残高の分析にすぎない。従って、貸金業全体の経済効果を推測すれば、約5倍、アンケート調査ベースで名目GDP成長率約マイナス2.5%、新規失業者は約9万人となる。北海道は日本全国の約4%経済とすれば、全国規模に単純換算すると、新規失業者数は25倍の約47万人という計り知れない影響が出るものと考えられる。これらの結果から、資金の出し手は営業が続けられなくなる事から縮小や廃業に至り、借り手も必要資金が入手できないことから、個人企業の縮小や廃業、主婦層の手元流動性の欠落も加わって、税金の納付者が失業保険や生活保護の受領者へと変化する。従って、税収が落ち込むばかりか政府支出が増加すると考えられる。セーフティーネットが充分機能していない現状では、流動性の制約を招く制度改革は、極端な消費の冷え込みとなって表面化し、さらなる景気の後退を促進する。しかも、多くの失業者や食べていけない人達を排出することから治安も不安定になり、さらなる政府財源の悪化の原因となる。
著者
藤原 七重
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
パーソナルファイナンス学会年報 (ISSN:18843328)
巻号頁・発行日
no.9, pp.79-89, 2009-10-15

サブプライムショック以降、急速に収縮しつつある個人向け貸付の分野では、代替的な資金調達手段が模索されており、本稿で取り上げるP2P Lendingはその有力な選択肢のひとつとして期待されている。借り手は銀行やクレジットカード会社から借入をするよりも、低い金利で資金を調達することができ、貸し手には、これまで金融機関が独占していた消費者への貸し付けに資金を投入する機会が開かれた、いわば「金融業の民主化」として歓迎されている。この金融機関から個人同士の金銭貸借へのシフトは、ハーバードビジネスレビューでも革新的なビジネスアイデアとして取り上げられているほどだ。しかし、これは単なる一時的なブームに過ぎないのか、もしくは伝統的な金融機関の代替的な選択肢となりうるのかは現時点では判断できない。それゆえ、本稿は、P2P Lendingという、インターネットを介した個人間の金銭貸借という新しい金融サービスについて検討した。特に、見過ごされがちな借り手のリスクを抑制するための仕組み作りに注目した。Stiglitz and Weiss(1981)が指摘したように、貸し手と借り手の間には情報の非対称性が存在する。それゆえに、その他の消費者信用サービスと同様に、P2P Lendingにおいても信用情報を基盤としたスキームづくりをすることによって、貸し手と借り手の間の情報の非対称性を解消することが肝要となる。P2P Lendingが既存の消費者信用サービスと異なるのは、コミュニティというソーシャル・キャピタルを活用することで、更に情報の非対称性を解消しようと働きかけている点だ。しかし、P2P Lending自体が金融サービスとしては未成熟な側面もあり、それゆえに様々な問題を孕んでいることは否めない。とくに、信用情報を巡る制度や認知度は国や地域によって異なっており、信用情報機関が十分に発達していない地域やクレジットスコアになじみのない地域においては、貸し手が合理的な判断ができるのかという課題が残る。
著者
晝間 文彦
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
パーソナルファイナンス学会年報 (ISSN:18843328)
巻号頁・発行日
no.11, pp.81-95, 2011-07-20

長期的な報酬(効用)を犠牲にして、目前の報酬を衝動的に選んでしまうという行動は時間不整合的行動と呼ばれるが、この衝動的行動は個人レベルだけでなく、社会レベルでも経済コスト的に見て大きな問題である。本稿では、標準的経済学では説明困難な行動を「準双曲割引」モデルで説明して、そうした行動を抑制する手段としての自制を取り上げている。準双曲割引モデルでは、規制する自己と規制される自己という2つの自己を想定することが自然であるが、それは認知心理学での「2重過程理論」と整合的である。本稿では、前者が後者を規制する程度を自制力ととらえ、Frederick(2005)らの研究を援用して、認知能力およびパーソナリティを自制力の代理変数として、それらと時間割引率との関係を、アンケート調査データを用いて検証した。その主要な結果は、パーソナリティは有効でなかったが、認知能力は、時間割引率と有意な負の関係を持つことが確認された。これは高い認知能力は時間割引率を低める(すなわち、現在重視型でなく、将来重視型となる)こと、すなわち自制力の有効性を示唆している。最後に今後の議論への足掛かりとして、この結果が、2重過程理論に基づく自制力という視点の他に、脳を情報処理機能のネットワークとする単一過程理論でも説明可能であるという議論にも言及している。