著者
髙木 咲織
出版者
日本記号学会
雑誌
記号学研究 (ISSN:27588580)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.37-50, 2023 (Released:2023-11-24)

記号に「指示」と「例示」という二つの働きを見出したグッドマンは、特に例示の働きを重視し、「隠喩的例示」に「表現」という特別な名を与えた。例示が重視されたのは、例示されるものが言語によっては置き換えられないものであるために「経験を再組織化」するためである。しかし、既に言語によって記述されている文学作品において、記号がどのように「経験の再組織化」を可能にするのかについては、グッドマンの説明は不十分である。本稿では、言語で記述された隠喩が「経験の再組織化」を可能にする事例を挙げ、そこでイメージというレイヤーが重要であることを見るが、それに先だって、あらゆる隠喩が何かを「表現」するわけではないことを確認するべく、表現的でない隠喩の例についても検討する。すると、イメージにおいて稠密で充満した記号システムによって読み取られる場合に、「経験の再組織化」が可能になることがわかる。このとき、記号システムは作品附随的なものではなく読者/鑑賞者付随的なものと考えるべきである。そう考えることで、グッドマンが「美的なものの兆候」として示した稠密性と充満が、彼自身が想定している以上に重要であることが明らかになる。
著者
宮脇 かおり
出版者
日本記号学会
雑誌
記号学研究 (ISSN:27588580)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.20-36, 2023 (Released:2023-11-24)

本論文は人とモノとのコミュニケーションが生起する場としてのぬいぐるみに着目する。本論文は『ユリイカ』2021年1月号の「ぬいぐるみの世界」という特集を分析対象とした。愛好家たちの語りを「コミュニケーション」を軸概念として分析する中で、以下が明らかになった。ぬいぐるみとのコミュニケーションは何もしない、何も起こらないことが前提となっている、変動要素が極端に少ないコミュニケーションである。ぬいぐるみとのコミュニケーションは所有者が人間であることを再確認させ、所有者の感情を表出させる。またぬいぐるみの劣化に対し、その愛好家たちは一緒に過ごした証として肯定的な意味づけを行う。そしてぬいぐるみは物でありながら視線や魂を感じさせるという、矛盾する概念を同居させている存在である。 今回の分析から、ぬいぐるみというモノと人間のコミュニケーションは実践されているということ、そして人間がぬいぐるみを使うだけでなく、ぬいぐるみが人間の(人間同士のコミュニケーションでは表出しなかった)ことばや感情、感覚を引き出すことも明示された。これらはコミュニケーションが人間同士以外でも起こりうることや、モノが人間の在り方に影響を与えうること示しており、コミュニケーション研究や記号論の人間中心主義からの脱却への一つの契機となりうるだろう。
著者
水島 久光
出版者
日本記号学会
雑誌
記号学研究 (ISSN:27588580)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.1-19, 2023 (Released:2023-11-24)

20世紀に大きな議論となった「哲学と言語」の関係は、Linguistic Turnのラベルが貼られたまま、半ば消費しつくされオワコンと化した感がある。しかし後の「認知科学」や昨今のロボティクスへの注目の中に、その積み残しは深い傷として残されている。本論は認知言語学の雄、G.レイコフと協働者M.ジョンソンとの二冊の「共著」に注目し、「学際性」の問題を再考する試みである。レイコフとジョンソンはこれらの著作を通じて、言語から認知へと「転回」の時代の主題の変化をともにしたが、それは必ずしも論理展開や解釈を共有していたわけではなかった。そのことは、二人の思考の型の違いを表している。レイコフの演繹とジョンソンの帰納のすれ違い――その分析は、我々研究者誰しもが囚われてしまうリスク=学問の党派性、権威性への無意識を白日のもとに晒す契機となる。R.ローティやI.ハッキングの「言語」と「哲学」の関係性への問いを出発点に、認識のインターフェースの変遷とその連続性を提起し、そこに横串を通す可能性を有するものとして、記号の知(アブダクション)を改めて位置づける。