著者
多賀 太
出版者
国際ジェンダー学会
雑誌
国際ジェンダー学会誌 (ISSN:13487337)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.8-28, 2019-12-25

女性学に対する男性からのリアクションとして誕生した男性学は,社会構築主義へのパラダイム転換や研究対象と担い手の拡大を伴いながら男性性研究へと発展してきた。本稿は,そうして発展しつつある男性学・男性性研究に特徴的な視点と方法を確認し,そのさらなる射程の拡張と社会的貢献の方途を探る。男性を対象とする一般的な研究と比べた場合の男性学・男性性研究の特徴は,男性の脱標準化,男性性の複数性,ジェンダーポリティクスへの敏感さに見出される。本稿では,男性の多様で複雑な状況を把握する視角としてM・メスナーによる「男性の制度的特権」「男らしさのコスト」「男性内の差異と不平等」を紹介し,それぞれの視角の長短と留意点とともに三者のバランスをとる複眼的アプローチの有効性を主張する。さらに,今日まで約30年にわたって世界の男性性研究の理論的支柱となっているR・コンネルの「ヘゲモニックな男性性」に関する理論を概観し,その特長を,男性による女性支配と男性内の支配との理論的接続,ならびに支配の正統化過程の動態的把握に見出したうえで,その理論的射程の拡張を試みる近年の議論を紹介する。最後に,日本における男性学・男性性研究の課題として,日本社会の独自性をふまえながら男性の多様な側面を描き出し,その成果をフェミニズム理論やジェンダー研究へとフィードバックして接続することを提起する。
著者
高橋 香苗
出版者
国際ジェンダー学会
雑誌
国際ジェンダー学会誌 (ISSN:13487337)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.112-131, 2021 (Released:2022-12-25)
参考文献数
40

日本社会における母親像は多様化しつつある。その一方でギャル系のファッションを好む母親,いわゆるギャルママをとりまく現状からは,多様化といってもその許容される範囲には,いまだ限界があるのではないかということが示唆される。母親の役割葛藤に関する研究では,母親としての自己と個としての自己の双方の充実が母親にとって重要であることが指摘され,その不均衡さの問題は母親自身の就業や学歴との関連,あるいは異文化という視点から論じられてきた。しかし,外見のイメージにおける母親らしさと自分らしさを母親たちがいかに両立しているのか,という視点にたった議論は展開されていないという課題があった。こうした課題をふまえ,本研究はファッションにおいても特徴をもつギャルママを対象としたインタビュー・データを分析した。その結果,外見の上では母親らしさではなく自分の好きな格好をする一方で子育ての実務的な面では母親らしいことをとにかく頑張るというギャルママの行動は,外見と役割とを切り離して個としての自己と母親としての自己を両立させる一つの実践であるということが明らかになった。こうしたギャルママの論理は,一見すると新しい母親像の提示であるが,一方で当事者たちは自己犠牲の母親という規範性に疑問を抱いているわけではなく,むしろそれらを参照していることから,そこには保守的な自己犠牲の母親像を強化する働きがあることが見出された。
著者
田中 雅子
出版者
国際ジェンダー学会
雑誌
国際ジェンダー学会誌 (ISSN:13487337)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.64-85, 2020 (Released:2021-12-25)
参考文献数
31

日本で暮らす移民女性のうち増加が著しい留学生や技能実習生の多くは,15歳から49歳までの生殖年齢層である。しかし,その中には「妊娠してはならない」,「妊娠したら帰国させる」と警告を受けている人もいる。解雇や退学処分を恐れて,自己服薬による中絶を試みたり,行き場がなく在留資格を失った状態で出産したり,帰国後も子どもの養育上の困難に直面するなど,彼女たちの心身の負担は大きい。本研究は,文献調査のほか支援者と当事者への聞き取りから,留学生と技能実習生の妊娠をめぐる課題を明らかにすることを目的とする。セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)や移民に関する国際規範と日本政府の施策には乖離がある。移民女性のうち,技能実習生は労働関係の法令で守られるが,その運用は限定的である。留学生が妊娠し,教職員に早めに相談しないで欠席が続くと退学に追い込まれることがある。妊娠により休学した留学生を在留資格の取り消しから除外することも明文化されていない。彼女たちが妊娠しやすい背景のひとつに,出身国と日本で用いられている避妊の選択肢の違いがある。移民女性のSRHRをめぐる予備的考察から,日本で暮らす女性全般に共通する課題を探り,今後求められる調査を展望する。